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なかなおり




「文ぁ」
「おや、名前さんではありませんか」


どうせ山の侵入者が私だという事を知った上でやってきただろうに、何を白々しい、と目の前の黒白天狗を睨みつける。しかしそんな私の必死の抵抗も「おおこわいこわい」とさらり流されてしまう。流石何百年生きたばば……天狗だけはある。
大体私はこの女がとても苦手だった。何かと私に付きまとってはやれ取材だのやれ弾幕ごっこだの、只の人間に何をしろと言うのだろうか。今日だって、あんな事がなければ私はこの馬鹿天狗に会いになんて来なかった。家でのんびり読書しながら紅茶を飲んでいた。しかし、今日この時に限っては、そんな苦手な彼女に挑まねばならぬ程切羽詰っていたのだ、私は。
「これアンタがやったんでしょ」そう言って懐から取り出したのは、一枚の写真だった。今朝、自宅の玄関に、定期購読してある新聞(間違っても文々。新聞の事ではない)の上へぽつんと置かれてあったその写真。最初こそ新聞についてきたオマケか何かかと普通に手に取ったものの、写っているものをみて思わず固まった。


「何よこの盗撮写真!」
「ふむう、名前さんの着替えシーンですか。いやはや、物好きな奴もいたものですねぇ」
「アンタだろアンタ!これ撮ったの!」


自分が着替えている所がバッチリ写った写真が玄関先に置いてあるなんて、なんたる非日常。思わず卒倒しかけた。
けれど私は、これを撮り尚且つ私の家の玄関へと置いた犯人が誰であるかくらい簡単に分かってしまったのだ。ああそれが文、お前だよ!!
「言いがかりにも程があります」葉団扇で口元を隠しつつ、そうのたまう目の前の老獪天狗。私にほんの少し力があればぶん殴ってやるのに。圧倒的な実力差を前にしてそれでも尚立ち向かえるのは勇者か馬鹿だ。
しかしまあそうやってはぐらかされる事などこの天狗に今まで辛酸を舐めさせられてきた私にとっては分かりきっていた事なので、勿論反論材料は用意していた。


「そう言われると思って!河童に聞いてきたわよ!」
「あやや」
「アンタのカメラって河城さんが作ってんでしょ、前に言ってたわよね!当然現像方法とかも河城さんに任せきりな訳だ」
「それでその写真の特徴から私が犯人だと結論づけた訳ですか、なんとも執念深いですねぇ」
「まー調べなくたってアンタが犯人である事は重々承知の助だったけどね!」


幻想郷で好んでカメラを持つ人間なんて限られるし、私の家は人里から離れた場所に位置する。こんな場所に来れるのは一部の人間か妖怪に限るし、その上でカメラ持ち、あまつさえ撮った写真を玄関の前に置いておくなんていうふざけた事をしでかすのは私の知り合いには一人しかいない。いや、一人であって欲しい。切実に。
「重々承知の助ってあなた」見当違いの所でダメージを食らっている馬鹿天狗にもう一度写真を突きつける。


「さて、そこらへんも明確にした事だし、そろそろ謝罪とか動機とかそういう事を聞かせてもらいましょうかね」
「えーっというか私確定ですか…。はたてはどうです、アレも確かにとり印のカメラを所持しておりますが」
「はたてさんがそんな事する訳ないでしょ」
「私の信用ゼロですか…そうですか…」


考えなくてもゼロに決まっているけど。
鼻息荒くする私を残念そうなため息でイラつかせ、文は「まあ」と人差し指を立てた。


「こんな所で話すのもなんなので、名前さんの家へ行きましょう」
「逃げるつもりじゃないでしょうね」
「そんな面倒な事はしませんよ。……というかお忘れですか名前さん、あなた今お山の侵入者扱いですよ」
「ああ……」


そういえば、そうだ。仕方がない、少々長引くけれど場所を移すとするか。


……


「で?」
「で?とは、どういう」
「いや、だから、アンタがこんな写真を撮って、玄関に置いてった理由よ」
「ああ」


あと謝罪。
……は、多分この天狗の事だから見込めそうにないので二の次にしておく。が。とりあえず私は理由の方が知りたい。
「こ、こういう写真…、他にも撮ったの?バラまいたの?」そこが一番重要だ。まさか幻想郷中に私の痴態が知られていたら死ぬしかない。
一応客人だからと出してやった紅茶から口をはなし、文は首を横に振る。
「大事な取材相手の弱みをそう簡単にバラまきますか」「その大事な取材相手の弱みを簡単に作るアンタの親の顔が見てみたいわ」悪徳業者も吃驚の手口である。
あら、両親に挨拶ですか?名前さんってばまだ早いですよぉ、なんてふざけた事をぬかす天狗の足を思いきり踏んで、続きを促す。


「いたた……、あ、写真は他にもありますよ」
「ネガをよこせ」
「嫌ですよ」
「当たり前のように拒否すんな!怒るわよ!」
「もう怒ってるじゃないですか」
「うるさいうるさいうるさい!」


ああ、この馬鹿天狗に撮られていたにも関わらず全く気にせず着替えを続けている写真の中の私が酷く怨めしい。いっそ人里の寺子屋の先生に頼んで歴史を消してもらいたいくらいだ。
いやそれよりも、今にもティーカップを割りそうな私をけらけらと笑うこの天狗の歴史を丸々食べてやってほしい。そうすればきっとみんなが幸せになれる。
「話が進まない……。……それで、こんな写真を撮った理由は」慣れ親しんだ我が家にいるのに心がやばい。それもこれも全部この天狗のせいだ。あ、そうだ巫女。あの紅白巫女に頼めば何とかしてくれないだろうか。あの子この天狗より強いらしいし。年下に頼るのはなんとなく負けな気がしないでもないけれど。
「理由」「そう、理由」復唱する暇があるならさっさと答えろ、と怒鳴りそうになったのをとりあえず飲み込む。


「分からないんですか?」
「馬鹿にしてんの?」
「……ああ、そうですよね。分かってたら、家になんて入れませんよねぇ」


何だか話が嫌な方向に向かっている気がする。ああ、後悔。後悔だよ。深追いしなきゃ良かったかもしれない。けれどそんな私の考えとは裏腹に、文は話を続ける。


「名前さん、酷いですよね。こんなに健気な女の子が会いたがっているのに、最近は逃げてばかりだったでしょう。この前のアレだって、ただのスキンシップなのに」
「当たり前でしょ……アンタの言うスキンシップと私の言うスキンシップには決定的な相違点が存在するのよ」


考えるだけでおぞましい。ああ、あれはほんの一週間前。いつものように頼まれてもいないのに家までやってきた文は、驚く私を羽交い絞めにして、あんな、あんな……!!
「…き、キスなんて、……初めてだったのにっ!!」「あやや、それなら私が名前さんのファーストキッスを奪っちゃった訳ですか?うふふ、それはそれは」「死ねっ!!」いやそんな話じゃない。今はそれどころじゃないから。
とにかく。そんな事があって、私は前よりも徹底的にこの馬鹿天狗を避けていた。紅白巫女に退魔の御札を貰ったり竹林のお姫様に護身術教えてもらったり。たまに鉢合わせした時はその御札なり護身術なり使って撃退していたのだ。
「……あ、れ」そうだ、そう。私はこの天狗から逃げていた筈だ。それなのに、それなのになんで、私は……?「ようやく気づいたみたいですねぇ」文が笑う。


「まあ、あの上白沢の人間に半日ほど歴史を『食べて』もらっていましたから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれませんね」
「た、食べて……?あれ、じゃあ……、私……」
「あれ程嫌っていた天狗に会う為にお山まで来たんですよね。なんとも矛盾するお話じゃありませんか」
「ちょ、ちょっと待ってよ……も、もしかして、アンタがこんな写真を置いていったのって」
「私に会いに来る『切っ掛け』としては丁度良いでしょう?頭の良い名前さんなら、それを撮影した人物が誰なのか、直ぐにピンと来るでしょうしね」
「い、いや、待って、そんな、そんな事って……」
「いやー、流石に霊夢さんの御札は効きますし、付け焼刃とはいえあの護身術も痛いですからねえ。ふふ、あの教師もちょろいもんですよ。『仲直りしたいけど会ってもらえないから』なあんて言えば、直ぐに取り掛かってくれたんですから。まあ、教師としての性かもしれませんがねぇ」


怖い。
怖い。怖い怖い怖い。さっきまで、さっきまでは平気だったのに。幾ら強大な力を持った妖怪だからってただの文なんだから、って、そう思ってたから、平気だったのに。
でも、今は違う。ああ、思い出した。あの日の事。キスされて、押し倒されて、そして……。そうだ、彼女は、妖怪だ。人間をとって食う側の妖怪なんだ。だから、あの日から、決別しようと、もう馴れ合いはやめようと、思って、皆に色々手伝ってもらったのに。全部、無駄だったの?
ガチャリ。文が、ティーカップを机に置いた音。ガタリ。文が、椅子を引いた音。コツリ、コツリと、文が、床を踏みしめる音が、聞こえる。逃げなきゃいけない。私は、逃げなくてはいけない。ああ、馬鹿め、ほんの数分前の私。こんなに危険な妖怪を、簡単に家に入れてしまうなんて。遅い、遅い。何もかも遅い。気が付いたときにはもう手遅れだった。


「まったく、酷いですよねぇ、名前さん。魔理沙さんから聞きましたよ、幻想郷から逃げ出すつもりだったんですって?こんなに想っている私がいるのに、そんな事するなんて…あんまりじゃないですか」
「ちょっと、こっち、来ないで……。れ、霊夢ちゃん!輝夜さん!」
「あれ、言ってましたよね、名前さん。この家って、人里からも、神社からも離れていて、妖怪くらいしか来れないんでしょう?来ない人の事なんて呼んでも仕方がないですよ、今は、ね、目の前にいる私の事を……」
「やめて!触らないで!も、もう、痛いのは嫌…!離してっ、離してってば!このッ、……この……!!」
「ソソるなぁ、その顔!ふふ、もっと近くで、見せてよ……」


いっそ気絶してしまえば、楽になれただろうに。けれどそんな私の願いすら神様は聞いてはくれない。ああ、馬鹿で、愚かで、間抜けな、私。こんな天狗だと知っていたのなら、初めて会ったあの日あの時、声なんてかけなければよかった。
唇に温かいものが触れて、一週間前のあの悪夢が蘇る。混濁した色の彼女の瞳には、私だけが映っていて…………………………………………





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