酒は飲んでも呑まれるな 今日はとても良い天気だったので、庭で一人ティータイムを過ごしていたの。 「あら、萃香じゃないの」 「お久しぶり」 ゆらゆらと飛翔していた小柄な鬼は、私に気づかれると嬉しそうに笑みを深め、すとんと着地する。 随分と珍しい客人だ。「紅茶は如何?」私の問いに小さく首を横に振り、これがあるから、と瓢箪を掲げて笑った。 「息吹瓢、でしたっけ」 「ああ、そうだ。名前も飲む?」 「遠慮しておくよ」 ただでさえ酒というのには弱いのに、確か、その瓢箪の中身はかなり度数のキツいものだった筈だ。そんな物を私が飲むのはリスキーすぎる。 彼女もそれを分かっていたようで、残念、とそう意地悪い声音で言い、私の前の椅子に何の断りもなく(まあ私が断る事もないけれど)座った。瓢箪を仰ぐ、と嗅ぐだけで酔ってしまいそうなほどの匂いが辺り漂う。 折角の紅茶の風味が損なわれるな、とそう思いながら、まあ、久々の客人だし、と文句はそっと押しとどめておく。 「それで?どうして萃香がここにいるのかしら」 「あんたは幾ら待っても宴会にやってこないからねぇ、退屈で退屈で」 「ああ、宴会ね」 ここの所頻繁に行われていたそれの事を言っているのだろう、彼女は。 だから、前述したとおり私は酒に弱いのだ。だからあんな酔っ払い達の巣窟に行ける訳がない。 「あんたの思いを萃めるのは大変だからねぇ」萃香は瓢箪から口を放し、目を細めてそう言ってみせる。 「あんたの能力は厄介だ」 「萃香には負けるよ。……やっぱり、ここ最近幻想郷を覆っていたのは貴女だったのね」 「懐かしいと思ったろう?」 「ねっとりと絡みつくような煩わしさは相変わらずね」 「ふふふっ」 「褒めている訳ではないのよ」 何が楽しいのか分からないが、彼女は何かと私にくっついてくる。今もそうだ。ついさっきまで目の前に座っていた筈なのに、気が付けば後ろから小さな鬼っ子に抱きしめられている。 ああ、酒に弱けりゃ体も弱い私としてはこのまま潰されやしないかと心配なのだけれど。 「今は博麗神社に居るよ」ぼそりと耳元で呟かれる。酒の匂いが酷いからあまり近づかないでほしいなあ、などと思うくらいには平静を保てている筈だ。 「噂には聞いているわ。霊夢に迷惑をかけているようね」 「迷惑?迷惑なんてかけていないよ。お酒ならひっかけているけれどね」 「それを人間は迷惑と言うのよ」 霊夢も可哀相だなあ、と他人事ながら同情してしまう。この鬼は中々面倒くさいのだ。酒臭いし。 「ねえ、名前も今度神社で宴会でもしようよ。紫達を呼んでさ」 「やあよ。私は人付き合いが苦手だからこういう所に閉じ籠っているのよ」 「それも中々私だけのあんたを独り占め、みたいで素敵なんだけどね。でもやっぱりあんたがいないのは寂しいんだなぁ」 言いたい放題言ってくれる。鬼が寂しいなんて思う事があるんだ、などと失礼な事を考えた。 「嘘をおっしゃい」 「あんたじゃないんだから嘘はつかない。分かるでしょう、私は鬼だから」 「鬼が皆嘘をつかないというのは出鱈目なのよ?」 「私達をブジョクしたな、がおう、食ってやるぞ」 口を大きく開けて、萃香は私の肩に食らいつく真似をした。ううん、伝承で聞く鬼という幻想が崩れてしまいそうな光景だ。 「わかったわかった」首を掴む手を払いのけて、ため息をつきながら隣の彼女を見つめる。と、次の瞬間にはしゅん、と消えて、再び目の前の椅子に腰をかける萃香がいた。テーブルに肘をつき、にやりと笑ってみせる。 「本当?皆萃めちゃうよ?」 「貴女には勝てないと思うわ、つくづく。……ああもう好きにしなさい」 「ふふっ、じゃあちゃんと良いお酒を持ってくるんだよ」 そう言って、萃香は幻想郷へと霧散した。またあの異変のように人を妖怪を萃めるつもりなのだろう、自らの労力を惜しまない所には感服せざるをえない(私は面倒くさい事が大嫌いだから)。ああ、でも、やりすぎてしまったらまた皆にボカスカやられるかもしれないよ、と……そういう心配はまあ、いらないかもしれないが。 「なんだかんだいって」楽しみにしているんだなあ、私も。と思う。高鳴る鼓動は、それ以外には説明がつけられないよ。酒も苦手だし人付き合いも苦手だが、楽しく騒ぐ事は大好きなのだ。 「絆されてるなあ、萃香に」 その呟きは彼女には聞こえているだろうか、分からないけれど、ふっと鼻孔を掠めた酒の匂いに苦笑を浮かべてしまうのは仕方がない事だと思った。 |