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人形は嗤わない




「妲己ちゃんはどうしてそんなに美しいの?」
「わらわにそんな事を訊くなんて、名前ったら、どうかしたのん?」

質問に質問で返されては何とも気分が悪いのだけれど、生憎と気ままで自分勝手な美しき皇后さまに楯突く事の出来るような地位も力も持ち合わせてはいない。いや、彼女に気に入られている私なら(現にこの呼び方も彼女からそう呼ぶよう命じられたものなのだ)、多少の暴言は許されるだろうけれど、でも、やっぱり怖いじゃないか。だって相手はあの妲己。命がいくつあっても彼女と釣り合うほどの力は得られまい。
宝貝、傾世元禳により完成させた誘惑の術を使い数多の強者達の上につき、偽りの臣下の力を駆使する彼女であるが、そんな術を使おうとせずとも……猫の手を借りずとも、彼女は強く、美しい。ああ、そうだ、美しいのだ。同じ性を持つ私が、彼女のほんの些細な笑みに見とれてしまうくらいに、彼女は、妲己は美しい。

「いや、何……、単純な興味だよ。ただの暇潰しさ」
「ふうん…名前ちゃん、暇してるのねん」
「ああ、生憎ね」

その暇が出来た理由というのも、目の前の皇后さまのせいなのだが。一介の道士である私を拉致してこの殷の中に閉じ込めた張本人が、嫌な事を言うね。
はあ、と溜め息をついて、私の部屋を見渡した。妲己に与えられた個室はなんとも煌びやかな調度品に彩られており、…この箱庭の外とは大違いだ、と気分が重くなる。
ここに捕えられてから数日間は、ここから逃げ出して、少しでも妲己の傍から離れよう…、そう思っていた。聞きしに勝る彼女の異端さに、畏れ戦慄いてしまい、逃げる気力さえ失ったのは、直ぐだったが。

「じゃあ、わらわはそんな名前ちゃんも満足できるようなアトラクションを考えるわねん」
「…止しておくれよ。私の暇を潰す為に死人が増えるのは、もう真っ平御免だからな」

数日前の悪夢が脳裏を蘇り、思わず顔を顰める。
そんな私の反応に妲己は至極つまらなそうに口を歪め、そして、目を細めた。ああ、悪い予感しかしない。

「それじゃあ……わらわと、遊んでみる?」
「…………やだなぁ、そんな所を紂王様に見られでもしたら、次は私がたい盆に落とされてしまうよ」
「…それも中々良いかもしれないわねん」

ぞっとするような笑みを浮かべてぞっとするような事を仰る。その後の笑みから冗談だと分かっても、心臓に悪すぎる。全く、性質が悪い。

「ねえ、名前ちゃん」

甘ったるい天使のような声音で、妲己は私の名を呼んだ。
心臓が跳ねるように脈打つのが分かるくらいに、私はその一言だけで身の焦がれる程の熱を感じてしまった。
困った。非常に、困った。別に、ここから逃げ出す事くらい、出来ぬ訳ではないのだ。至極容易な事なのだ。何しろ妲己は私に見張りの一人もつけておらず、そもそも私は、この部屋に監禁されている訳ではないのだから。

「なあに、妲己ちゃん」
「名前ちゃんは、ずっとわらわの傍にいて、わらわを愛してくれるわよねん?」
「…当たり前だろう?」

だって、私はその為に生かされているのだから。

「逃げたりなんかしないよ、妲己ちゃん……ずっと傍にいてあげる」

私は、知っている。この禁じられた想いは彼女の誘惑の術によるもので、そこに私の意思は存在していないという事を。
当たり前だ、私は同性に惚れるような特殊な性癖を持ち合わせてはいなかったのだ、彼女と出会う前までは、好きな男だっていたくらいなのだ。
けれど、ああ、けれど、私はこの妲己への想いこそが本物であるのだ、そのほかはすべて偽りなのだと、そう信じる事しか出来ぬ。妲己の術とはかくも恐ろしい、あれほど私は元始天尊様への忠誠心を忘れずに生きてきたのに、今ではそんな物何の役に立つんだと鼻で笑えるくらいに堕落してしまったのだから。
馬鹿みたいだろう、分かっているよ。でももう逃げ出せない。妲己が何の為に私を横に置くのかはいまだに理解し得ないが、きっと、そう…彼女が私に飽きた時こそが、私が彼女から離れられる時なのだ。…そしてそれは、私にとっての、絶対的な死を意味する。
「愛しているよ、妲己ちゃん」偽りの想いを抱き、けれど、本心はそれこそが私の選んだ道と錯覚している。全く以て不思議でならないこのおままごとは、一体いつ終わるのだろうね。
…ああ、本当に、愛しているって、そう思えるくらい、妲己はとても美しいのだ。赤く揺らめく蝋燭の光が彼女を照らしだす。宝石のような目に映るのは、歪んだ笑みを浮かべる、他でもない私の姿で……。

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