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ハッピーバースデー





「霖之助さんは、暖かそうね」

私のいた世界より幾分かレベルの低い暖房機の前に座る香霖堂の店主に、そんな事を言いながら、私は雑多な店内をそろりそろりと歩く。この前、この中の一つを誤って壊してしまい、買い取りとして随分と法外な値段をふっかけられたばかりだったので、流石の私も慎重になる。そんな私をくすりと笑い(お客様に失礼だと思わないの?)、この胡散臭いお店の店主はゆっくりと分厚い本を閉じた。

「こんな季節だからね、僕だって寒いのは嫌いなんだ」
「にしては随分と型の古いストーブね。いつ壊れるか分からないし、恐ろしいわ」

流石に最新式のストーブは、この幻想郷には流れてこないのだろう。…ああ、紫さんなら、この店主以上に胡散臭いあの人なら、所持していてもおかしくはないけれど。

「もう、冬ね」

私が、この幻想郷に落ちてきたのも、……詳しく言うと、紫さんに落とされて香霖堂の屋根を壊してしまったのも、こんな時期だったっけ。あれからもう一年もたったなんて思えないくらい、この地での時間はあっという間に過ぎ去っていった。
『霖之助さん、アルバイトを欲していたでしょう?』なんて一方的な理由で外の世界から連れてこられた私でも、霖之助さんや霊夢さん達のお蔭で、この幻想郷にも順応できるようになった。まあ、はじめこそそんなくだらない理由で拉致をした紫さんを恨んだりしたけれど、どうせあちらの世界に私の居場所はなくて…それを思うと、この幻想郷に出来た居場所を手放す事はないと気づいたら、そんな気持ちもなくなった。今では彼女ともすっかり打ち解けているし……妖怪って、おとぎ話にしか存在しないと思ってたよ。

「君が落ちてきてから、一年だね」
「覚えていたの?」
「何しろ、大事な店の天井に穴を開けられるなんて、初めての出来事だったからね」

何かと忘れっぽい彼がそんな事を言いだすとは、と、一年の付き合いしかないのにすっかり彼を知った気になっている私だけれど、続けられた言葉に嫌味を感じて、思わず眉を顰める。
「それは、悪かったけど…そんな事思い出す霖之助さんには、このお酒は渡せませんなぁ」意地悪いな、と思いつつ、私はお世話になっている霊夢さんに貰った鞄から、一升瓶を取り出した。

「おや、それは?」
「白玉楼の幽々子さんへのお使いのお礼だって、紫さんから頂いたの」
「君、冥界にまで足を運んだのかい」
「貴方と違って私はアクティブなのよ」

まあ実際は、ただの使い走りというだけかもしれないが。

「紫さんお墨付きのお酒なのだけれど、一人で飲むのには多くてね。かと言って霊夢さん達は異変解決に勤しんでいたし」
「ふむ。…まあ、君はそこに座るといい。素敵な客人として、歓迎しようじゃないか」
「あら、分かり易い」

くすくすと笑って、カウンターにそれを置いた。コップを取りに奥へと消える霖之助さんを見送って、彼に聞こえないように呟いた。

「相変わらず、鈍い人」

勿論、日頃お世話になっている霊夢さんと一緒に飲む事も出来た。彼女も夜には帰ってくるだろうし、それを待てばいい。けれど私がそんな彼女ではなく、よりによって霖之助さんを選んだ理由。変な所で頭の悪いこの店主さんは、気づく筈もないのだろう。
それでいい、私は、これ以上を望むほど欲深くない。こんな冬の日に、恋に躍起となるのは、あまりにも無粋ではないか。
ハッピーバースデー、私。幻想郷に生まれて今日で一年。とても良い事だと思わない?

戻ってきた霖之助さんが、真っ赤なリボンに包まれた素敵な小箱を持ってくるまで、後1分。




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