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ツンデレ




死ねばいいのに。そう、思った。

蓮乃様を泣かせるあの男は今北の地にいる。それが、その事実が私は恨めしくてならない。今この瞬間彼がこの場にいたのなら、幼少の頃からの相棒である私の包丁で彼の喉を掻っ切る事が出来たのだろうに、と思うと、女であり子供である我が身が憎くて仕方がないのだ。男であり大人であれば、あの男の隣に立てるくらいの人間であれば、戦乱に乗じて無残に殺してやる事が出来るのに。
私は蓮乃様の事が好きだ。かつて獣のようだと揶揄され使役されてきた私を拾い彼女のお傍に仕える事を認めてくださった保胤様の事も好きだ。しかしあの男、新城直衛だけは我慢がならない。私の事を捨て子と蔑みあの落ち窪んだ眼で睨むあの男だけは、私が生を受けたあの日から今までで初めて一人だけの、心底憎い存在なのだ。
死ねばいい。ああ、死ねばいい。蓮乃様が知れば深く嘆き悲しむかもしれないが、私はそれだけの事をあの男に考えている。野盗に襲われ死ねばいい。帝国の馬に踏まれ死ねばいい。味方の弾に当たり死ねばいい。願うなら惨めたらしく、ぞっとするような死にざまを、北の大地に晒して来い。

「蓮乃様」

ああ、その麗しきお名前を呼ぶ事すら躊躇った。それくらい蓮乃様の慌て様といえば酷いものだった。上ずった声で、直ちゃん、なんて、心配をしてもらえる、彼が、そんな。
(…なんと、羨ましい)
羨ましい。羨ましかった。私と同じ捨て子の癖に、男というだけで、蓮乃様に(愛)される彼が、羨ましかった。けれど、それは、向こうも同じように思っていただろう。(僕と同じ捨て子の癖に、女というだけで、義姉さんに慕われるあの女が)そんな風に思っている筈だ。そうだ、そうに違いない。何しろ彼と私は、同族、なのだから。
つまりは同族嫌悪という、どうしようもない言葉で片付けられる想いを、私と彼は互いに抱いているのだった。生物としてこれほどまでに憎くてたまらない自分のような存在がもうひとつあるだけで、人はこんなに醜くなれる。醜いよ、とても醜い。そう、だから、彼のような人間は遠い北の地で愛する女に最期の言葉も呟けぬまま逝ってしまえばよろしいのだ。
(同族嫌悪?違うね、そんなバカな言葉で片付けられるような想いではないだろう、名前。違う、違うだろう。君は目を背けているだけなのだ。認めたくないだけなのだ。)煩わしい雑音など聞こえぬ振りをしてしまえ。




「おかえりなさいませ、」
「ああ」

何食わぬ顔で彼にそう微笑む私の心こそ、マグマのように煮え滾っている。ああ、羨ましい。蓮乃様の愛を受け僅かに醜い笑みを浮かべたこの目の前の男が、酷く羨ましい。今なら憎しみで人を殺す事が出来るのではないか、そんな馬鹿げた夢物語に縋りたくなるほどには、只今の名字名前という人間は正常な判断をする事が出来なくなっている。
彼によく懐いた獣が地上に降りたち、彼は歩み始めた。全てに背を向け彼は戦の道を選んだ。そう、それでいい。大切な義姉を守る為、戦い、そして死ぬがいい。彼が、振り返る。目が合った。突然の事に目を見開いて、けれど、誰にも気づかれぬように、唇を動かした。
……ああ、ああ、全く、嫌いだよ。何より、自分が嫌いなのだ。こんな想いを認めたくない、馬鹿で間抜けでとんでもない阿呆なこの私が、そして、あの男の事が。何よりも嫌いだ。
さっさと死ねばいい。愛する者にも看取ってもらえぬ最期を送ればいい。そうすることで、ようやっと私のこの行き場のない想いは昇華されるのだ。







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