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※クリスマス記念

「あら、なまえ」
「……ああ、ジーナじゃない」

手に何かの包みをもったジーナは、私を認めると静かに歩いてくる。浮かれきったアナグラの空気に彼女も毒されているようで(別にそれを悪い事とは言わないけれど)、心なしかいつもより上機嫌の彼女は、私の持つ携帯端末を見て目を瞬かせた。
「もしかして、これから仕事に行くつもり?」もしかしなくても、そのつもりである。ええ、と頷くと、彼女は呆れたような笑っているようなそんな微妙な表情を浮かべた。

「貴女が仕事人間だという事は知っていたけれど、こんな日まで働こうとするなんて」
「こんな日って……別にそこまで特別な日でもないでしょ」

休日でもないし(そもそもアナグラが極東を支える柱である現在、集団で休む事はそもそも不可能だ)、特別な何か(リンドウさんが帰ってきたあの日のような)があった訳でもない。私から見れば、おかしいのは寧ろジーナ達だった。
クリスマス、クリスマスねえ。くだらないと思う。アラガミの蔓延る前の世界でならともかく、こうして常に死と隣り合わせの今、浮かれていられる筈もない。今私達がこうしている間にも、私達の守るべき人間が神の名を騙る化け物共に殺されているのかもしれないのに。
ジーナは、再び歩き出そうとする私の腕を掴んだ。何を、と振り向いたと同時に、唇にざらりとした感触が触れる。それが、彼女の持っていた包みの中身、クッキーだという事に気づいたのは直ぐだった。
強引に口内に押し込まれ、噛み砕く事を余儀なくされる。仕方なく咀嚼すると、前に食べた事のある味が口の中に広がった。

「……これ、カノンの作ったクッキー?」
「ええ。今、皆に配っているらしいわ。勿論貴女の分もあると思うけど」

「美味しいでしょう?」目を細めて妖艶に微笑む彼女に、根負けしてしまう私は絶対に悪くない。されるがままに手をひかれ(先程私が目指していた)ロビーへと連れてかれた。
「あ、なまえさん!」柔らかな笑みを浮かべたカノンが、私に気づいて駆けよってくる。手にはジーナの持っていた包みとおなじのが一つ。ジーナに半ば拘束されている私を疑問に思う事なく、笑顔のまま私にその包みを差し出してきた。

「これっ、今日の為に作ったんです!どうぞ!」
「……気持ちはありがたいのだけど、私、これから任務が」
「あら。もしかしてなまえは、カノンが貴女の為に作ってくれたクッキーを放置してまでアラガミを倒しに行くというの?そんな酷い事をするような子じゃないわよね、貴女」
「…………分かった。分かったから、離れて」

どうもここの女の子は押しが強くて困る。曖昧に笑って、私はカノンの手からそれを受け取った。

「そうだ!ねえ、なまえさん、これから私の部屋で一緒にお茶を頂きましょう!勿論、ジーナさんも」
「あら、いいわね。ねえ、なまえ」
「ああはいはい、了解。それが今日の私の仕事なのね。分かったわ、分かればいいんでしょう」
「ふふ、そうこなくっちゃ」

すべてを諦めたように苦笑すると、ジーナはしてやったり、という感じの表情を浮かべる。何も知らずに純粋に微笑むカノンが唯一の癒しだ。
「ふふっ、実は私、ケーキも作ったんです!」「それはいいわね、素敵だわ」「ええ、本当に!」まあ、たまには、ほんのたまには、こんな時間も悪くない。と、二人の笑みに絆されてしまった私は思う。今日の分明日働けばいい。最初で最後の、我儘だから。
ジーナにもカノンにも手をひかれ、歩きづらいったらないな。でも、二人がとても楽しそうにするから、きっと私も彼女達と同じように笑えているのだろう。


素敵なお題は蝶の籠様から!



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