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「ルミコ先生、これ、頼まれてた資料」
「……ああ、うん、ありがとう」

髪をいつも以上にくしゃくしゃにしたルミコ先生は、そう言って乱暴に私の手から紙の束を受け取る。視線は再びコンピューターの画面へと吸い寄せられていった。
(ルミコ先生……)明らかに疲労しているのが見て取れる。ここ最近、彼女が睡眠を摂っている所を見た事がないのだ。あのザ・マイペースの塊だった彼女が、である。何とも信じられない。
救護班である彼女の部下としてこの極東支部にいる私としては、そんな彼女の一挙一動にハラハラしっぱなしなのだが、……やはり、その不摂生三昧は改善される様子はない。いい加減私も堪忍袋の緒が切れるという奴だ。無造作に置かれている椅子に腰を落ち着け、熱心に画面とにらめっこしている彼女へと告げた。

「いい加減休まないと、倒れちゃいますよ」
「うん」
「……救護班の所属なのに、自分の体調管理もしっかりできないなんて、支部長代理に怒られちゃいますって」
「うん」
「……あんたね」

ダン、と大きな音が救護班に割り当てられた室内に響き渡る。他のメンバーが何事かとこっちを見ているのと同じように、ルミコ先生も唖然といった表情で私の方を見た。音の原因である私はそんな視線に動じる事なく、彼女だけをじっと見据えた。
なんだか、久々にルミコ先生の顔を真正面から見た気がする。彼女の子どもっぽい大きな目の下には立派な隈が出来ていて、…ああ、きっと食糧も碌に口にしていないんだろう、げっそりとしているのがはっきりとわかった。見てられない。全く。

「ルミコ先生!今貴女が一生懸命やっている仕事がどれだけ重要なのかは知りませんが、休むべき時間になれば休むのは働く者の常識です!」
「いやだけどねなまえ、私は大丈夫…」
「大丈夫に見えたら何も言わねえよこの馬鹿ルミコッ!」

一応彼女と私は同時期にこの支部へとやってきたのだ、今でこそ上司と部下という間柄だが、昔は一緒に先輩の後ろをついてまわった大事な同期だった。
だから、尚の事、彼女が無理する姿は見ていられない。当たり前だ、だって私は彼女の事が大好きなんだから。

「今から休めこの莫迦ルミコ!太陽の光あびてこい!ご飯も食べてお風呂にも入って!」
「いや、だから、なまえ……」
「あんたが倒れたって、誰も診てやんないんだからね!」
「……なまえ」

溜め息をつかれて、思わずたじろぐ。しかしルミコはそんな私にふっと笑みを浮かべ、長い事座っていた椅子から立ち上がった(ふらり、と体が揺れて、慌てて手を伸ばす)。
私の支えで何とか倒れずに済んだルミコは、ぽんぽんと、私の背中を軽く叩く。子供をあやすようなその仕草に少しだけ腹が立つが、言ってやる事もない。

「……ありがとね」
「…………ふん」
「久々に大きな仕事が入ってきたもんだから、我を忘れちゃってさ」

そう言って彼女はコンピューターへと視線を向ける、が、私はそれを直ぐに引き戻した。がっちりと彼女の顔面を固定しながら、きょとんとした表情のルミコ先生に少しだけ頬を赤くしながら呟く。

「手伝います、手伝いますから。ルミコ先生一人で頑張る事はないんです」
「……えへ」
「……なんですかその笑み」

ごちん、とそんな音がした時にはもう私は彼女から離れていた。頭突きを食らったルミコ先生はあいたたたと額をおさえていたが、まだ笑みは抜け切れていなくて、それが、何とも恥ずかしい気分にさせる。
「一緒にご飯食べよっか」「……はいはい」繋がれた手に温もりを感じながら、取りあえずは休養だと歩を進めた。

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