稲妻11 | ナノ




……我ながら、結構、我慢したほうだと思う。もう何年も彼女と共に過ごし、それでも、手を出さなかった自分は、かなり辛抱強い部類に入るだろう。けれど、だめだ。もう、限界。これ以上は、我慢がならない。


「何も言わないのか、なまえ」
「言ったら、この手を離してくれるの?」

無垢な目をしている癖に、言葉はやけに核心をついている。前々から大人びているとは思っていたが、まさかこれほどとは、ああ全く、嫌な現実だ。

「離してほしいのか?」

押し倒されているというのに、だというのになまえは表情を変えず、冷静に私を見上げていた。動揺して顔を下げると、私の青い髪が彼女の肌を擽って、わずかに体をよじらせるくらいで。(いけないな、こんな所作にさえ欲情してしまう)どくん、と心臓が揺れ動くのが分かる。私の中のどす黒い愛欲が心に絡みついて離れない。欲深い人間ではないつもりだったが、それは私の認識違いだったようだ。
薄暗いベッドの上で、この私が、同室の少女に夜這いをかけている。そんな光景は、きっと、このおかしな事だらけのエイリア学園でもまず見られないシーンではある筈だ。過ちが起きてしまったのは、そう、私の理性がふっと消えてしまったからだろう。押さえつけられていた欲求は私を動かし、衝動的な解決を望んだ。
「どうかしら」拒絶の言葉でもなければ、許容の言葉でもなかった事に、内心安堵する。こんな事をしでかしたというのに、嫌われることだけは覚悟していなかった。いや、そもそも、彼女が私を嫌う筈がないと、そうどこかで決めつけていたからというのもあった。彼女は、私を嫌う訳がない。
なまえは、エイリア学園の秘蔵っ子であった。いや、ただ単に、箱入り娘というだけかもしれない。誰もがグラウンドに駆り出す事を拒んだ、柔らかな少女。彼女は、私達のお気に入りであった。

「ねえ、玲名さん。あなたは、どうしてそこにいるの?」

彼女は決して、私達の事をあの名前で呼ばない。それは、嬉しくもあり、悲しくもある。私の本当の名を呼んでくれることはとても嬉しく思うが、けれど、あの名前で呼んでくれないという事は、即ち、私が、私達があの名を名乗りサッカーをする事を、拒絶しているというように思えてしまうからだ。宇宙人を名乗り、サッカーで悪い事をする私を、彼女が否定しているように、思えてならないのだ。それは多分、私の被害妄想もあるのだろう。彼女は優しいから、そんな事を考える訳がない。けれど、そう思わずにはいられなかった。
「それは」なまえの事が好きだから。なまえを独り占めしたいと考えているから。なまえの事を、滅茶苦茶にしたいと、そう思っているから。どれも真実ではあるが、言った途端嫌われてしまいそうなくらい、それは独善的な意味を持つ答だった。

「言えない事なの?」
「…さあ、どうだろう」
「そうやって有耶無耶にするのね、玲名さんてば、悪女だわ」

酷い言われようだ。しかし、反論はしない。その代わりにふっと口元を緩めて、目を細めて、彼女の名を呼ぶ。

「私は、お前の事が好きだ」
「私も、玲名さんの事、好きよ」

なあ、分かるだろう。お前も初心じゃあないんだから。そんな意味じゃないんだ。私は、そういう意味でお前を好いている訳じゃあないんだ。
言葉にするより、行動で示す事を選んだ。柔らかい唇の感触で、ぞくりとする。
貪るように啄むように、官能的で甘いキス。ああ、願わくば彼女のこれがファーストキスであったのなら私はとても嬉しいのに。
唇がふやけるくらいにキスをして、そうしてやっと、私は名残惜しげに繋がっていたそれを離した。流石の彼女も驚いたようで、目を瞬かせて私を見つめる。彼女の瞳に私しか映っていないというのは、中々に気分がいい。

「玲名さんって、そういう人だったの?」
「開口一番がそれか。もっと、感想とかないのか?」

質問を質問で返すのは些か気に入らなかったようで、彼女は私の反応に少しだけ眉を顰めつつ、私に捕えられていない自由の効く方の手で、自身の唇に触れる。まるで私を誘っているのかと問いたくなるような扇情的な光景を独り占めできているという事実が私の欲望を昂ぶらせた。
はあ、と溜め息をつかれた。ううん、なんとも良い気分だ。

「それで、玲名さんはほかに何をする心算」
「何かしてもいいのか」
「さあ」
「なんだそれは」

じれったい。本当なら、私はこのまま彼女を頂いてしまおうかとでも思っていたのだ。愛の逃避行というのも、良いかもしれない。お父様の願いが叶ったら、私は彼女と一緒になるのも、良いかもしれない。妄想に過ぎないが、しかしそれを本気で実行しようとしたのが、このざまである。
ああ、いつもこうなんだ。彼女と距離を縮めようと色々動いても、結局は煙に巻かれてしまう。ふよふよと浮いていて捕まえるにも捕まえられない、妖しい蝶のようだ、と、そう私が考えてしまうくらいには、なまえという存在は不可思議でならない。
きっと、そういう所が、私達に受けているのだろうなあ、とは思う。お日さま園に、お父様に縛られている私達とは違い、自由に、気ままに生を謳歌する彼女が、羨ましいのだろう。自分の事なのに確信を持てないのは、いやはや、何とも情けない限りだけど。
けれど私は、そんな所を抜きにしても、彼女のことが好きでたまらなかった。私は女で、彼女は女。確かに、不毛だ。けれど、そんな障害など構うものか、と思える程には、私はなまえの事を盲目的に愛していた。同じ部屋で寝起きするのも、私がお父様に強く申し出たから。それくらい、私は昔から彼女の事を、心の底から愛していた。

「なまえの事が、好きだ」
「うん」
「滅茶苦茶にしたい、と思っている」
「うん」
「誰にも触れさせたくないし、誰にも笑いかけてほしくない」
「うん」
「お前は、どう思う?」

私の事を、どう思う。ソレは、多分、こんな風に彼女の唇を奪う前に聞かねばならない言葉だった。私はこの瞬間、彼女の心を全て置き去りにしてしまっていたのだから。
「私は」言い切る前に、再び強引に口づけを交わす。目を見開き驚きを露わにした彼女はしかしやがて諦めたように瞼を閉じると、私にされるがままといった様に身を委ねてくれた。

「ごめん」

行き成りキスをしたことにも、彼女の言葉を遮ったのも、そもそもこうして押し倒している事も、すべて謝らなければならなかった。ああ、我儘にも程がある。幻滅されてしまったら、私はもう生きていけないかもしれない。

「やっぱり、続きは、聞きたくないんだ。私は、お前自身から恋の結末を聞きたくない」
「それが、例え玲名さんの望み通りの言葉でも?」
「ああ、そうだ。だって、これは抱いてはいけない恋なんだから」

つまり、だ。私はそっと、なまえの首筋に指を這わせた。力を込めて絞めてしまいたくなる、すべてを自分の思い通りにしてしまいたくなる、そんな彼女を、私は更に楔で雁字搦めにしようとしている。
「これからする事はすべて、私が『暴走』した結果なんだ」泣いてくれても構わないし、叫んでくれても構わない。いっそのこと、拒絶してくれても、私はどうとも思わない。これから私が犯す罪は、きっと彼女には酷すぎるだろうから。

「愛してるよ、なまえ」

その一言がきっかけでたとえ全てを失う事になるとしても、一時の衝動には逆らう事など出来なくて。目の前の愛しい少女を優しく抱きしめる事がこれで最後になるのであれば、それはきっと私への罰なのだ、とそう後悔する事が出来るだろうから。
(愛される事より、愛する事の方がよっぽど簡単で、素敵じゃないか)三度目の口づけは、私を深淵へと誘う悪魔の声に従ってのものだった。







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