稲妻11 | ナノ




※バレンタイン記念



「冬花ちゃん」
「なあに?」
「はい、チョコ」

いつもより騒がしい教室の窓際で、何の飾り気もない箱を手渡すと、クラスメイトで隣の席の久遠冬花ちゃんはぽかんと私を見つめた。

「チョコ?」
「今日バレンタインデーだから」

友チョコだよ、と続けて言う。バレンタインデー。それは、乙女が意中の男子に想いを込めたチョコレートをプレゼントする日である。まあ、最近はそれだけに囚われず、今言ったように友達同士で渡す友チョコとか、義理チョコとか、男子が女子にあげる逆チョコなんていうのもある。
「デパート行ったら安かったから買ってみたの」その言葉でやっと冬花ちゃんは状況を把握したようで、ぽっと頬を赤くして受け取った赤の包みをまじまじと見つめた(やっぱり可愛いなあと思う)。

「わ、私に?……いいの?」
「いいよ?だからあげるんだもん」
「あ、ありがとう」

優しくはにかむ冬花ちゃんに、キュン。
「バレンタインデー……か」「もしかして知らなかった?」「えっと……うん」なんと、まあ。信じられない。確かに冬花ちゃんはどこかずれている所があったけれど、でも、こんなにテレビやお店でひっきりなしに宣伝している行事の事を知らなかったなんて。ああ、でもだから、反応が乏しかったんだなあ。そういう所も可愛い(つまり冬花ちゃんはどんな姿も可愛らしいのである)。
ふんふん、そうかそうか。知らないのかあ。そうなると少しの悪戯心が芽生えてしまうのが私という人間で。「ねえ」(五月蝿い教室だから大丈夫だと思うけれど)隣の少女以外には聞こえないくらいの小さな声で呟いて、私はにっこりとほほ笑む。

「バレンタインデーはね、チョコを受け取った方はお礼に何かしてあげないといけないのよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。冬花ちゃんは知らないだろうけど」
「何をしたらいいのかな……?」

少しだけ首を傾げる冬花ちゃんの耳元に口を寄せ、ぼそぼそとある言葉を呟く。意味を把握した途端彼女は面白いくらいにほっぺを朱色に染めて(耳まで赤くなってる、可愛いなあ)、ええ、と小さく声を漏らした。

「……ほ、本当に……?」
「うん、それとも、私が嘘をつくと思うの?」
「お、思わないけど……」
「ふふ、そうでしょう。だから、ほら、ね?」
「……なまえちゃんのえっち」

意地悪く笑ってみせる私に冬花ちゃんはそう言って躊躇うように俯いて、けれどやがて周りの視線を確認するように見渡し誰も私達を見ていない事を確認すると、少しだけ体を傾けて……。
(ちゅっ)ぎりぎり触れた、くらいの軽く優しいソレに、気をよくして笑みを深める。「かーわいい」今度は彼女に聞こえるように声を出すと、隣の少女は茹蛸のように顔を真っ赤にしたまま「ばかっ」と呟いた。
(だから、そういうトコロがかわいいんだって)彼女を騙してしまった事に少しだけ罪悪感を感じつつも、私はそれ以上に満たされた幸福に頬を緩めた。(まあ、3月まで我慢なんて出来ないし……いいよね?)身を乗り出して、私も彼女の頬に軽く触れる。途端冬花ちゃんは「ひゃう」と小さく驚いた声をあげて羞恥に頬を染めたまま私を睨むのだから、そんな所も可愛いなあと想いあう日常に夢を抱くのだ。


無知なあなたが悪いのよ

(「私にキスしてよ、愛しい愛しい冬花ちゃん」)







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