稲妻11 | ナノ




これが恋心と呼べる物だということを知ったのは随分と最近で、それまでの私はソレを憧れか何かと勘違いしていた。仕方ないことだと思う、なぜなら、私がその重たく滲む感情を向けていたのは、久遠冬花、年上の女の人だったんだもの。
「みょうじさん」私のナースコールを受けてやってきた冬花さんは、いつもより声を抑えて私の名を呼んだ。私に当てられた病室は個室だけど、今は夜、他の患者さんを起こしてしまうかもしれないからだ。
どうしたの、と首を傾げる彼女に、苦々しく笑いかける。

「眠れなくて」

それだけですべてを察してくれた冬花さんは微笑んで、歩けない私の為に車椅子を用意し始めた。




この病院に入院して結構経つけれど、未だに私は一人で夜を過ごすことが出来ない。それが心因的なものから来るのだという事は分かっていても、お医者様の処方してくださる睡眠薬では何の解決にもならなかった。
だから、暗い夜は、眠れない夜は、ナースコールを押してもいいことになっている。病室から少し離れた談話室で、担当の看護婦さん、冬花さんと話をしていい事になっている。彼女と話している内にだんだん眠たくなってくるのだから、冬花さんは私にとってとても心地の良い人らしい。
「綺麗な月だね」窓の外にぽつねんと存在する衛星を見て、彼女は唇を動かした。その横顔と台詞にどきりと胸を高鳴らせてしまうのは、私が一応は文学少女というカテゴリに属するからである。動揺を悟られない内にそうですね、と頷き、同じように硝子の向こうへ視線をやった。

「月が綺麗な夜ですね。……いつもは雲が覆い隠してしまうから」
「うん。素敵な夜」

素敵なのは、貴女の方だ。とは、言えず。

「そうだ、みょうじさん。そろそろリハビリに入るのよね」
「……ええ。皆さんのおかげで、大分調子もよくなりまして」

「良かったね」と笑う彼女が、少しだけ憎らしく思える。何なら、もう少しだけ怪我を負ってしまえば良かったと、そう考えるくらいには。
事故で足を折り、心身共に衰弱していた私を何より大切に扱ってくれたのは、隣の美しい彼女だった。それが仕事だということは、分かっている。自惚れだ。
……所詮、この想いは報われないものであるべきなんだ。だって、私は女で、冬花さんも女。常識的に考えて、実る訳がない。そもそも私は彼女のことを全然知らないのだから、彼女にそういう人がいたっておかしくない訳で。

「冬花さん」
「なあに?」
「いつもごめんなさい。お仕事忙しいのに、こんなことで呼び出して」
「ううん、そんなことないよ。それに、私、みょうじさんと一緒にいるの、好きなの」

それが本心からの言葉であることを願う他に道は無い。彼女はこんなお世辞を言うような人間ではないという事は知っていたから(たった数か月の付き合いの癖して、そんな事を思うのはおかしいかもしれないけれど)。
ありがとうございます、とそう呟いた声は彼女に届いたのだろうか。分からないけれど、私は今が月明かりしかない夜である事を心底感謝した。だって、明るかったら見えてしまうじゃない。私の、赤い頬。

「一緒に頑張ろうね」
「はい」

月光に照らされた天使の笑みは、私の心を溶かすくらいにあたたかく優しくて、私はそれにどうしても己を不幸だと嘆かざるを得ないのだ(私が男であれば、彼女の隣に立つ事が出来たのかもしれないのに、と)。


永久を望む



他の何もかもが寝静まるこの空間で、私と冬花さんは二人きり。この、つかの間の幸せが、いつまでも続くものであったのなら、私はどんな苦痛だって耐えてみる事が出来るの(ベッドの下に隠された狂気《ナイフ》の光が、月光を帯びて光り輝く)。





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