稲妻11 | ナノ




※クリスマス記念


「別に、そういうつもりじゃないけど」

今にも泣きそうな顔で彼女は言った。「…クリスマス、どうせ暇なんでしょ」

なまえに恋人なる人間がいた事は有名だ。何しろ、二人は一目を憚らずイチャイチャするようなバカップルで、そのあまりの仲の良さに周りまで幸せな気持ちになってしまいそうだったんだ。
その彼女から、昨日、本当に突然に渡された映画のチケット(最近流行りの恋愛映画だ)と、まったくもって不本意だと言わんばかりの泣き笑い。それだけの判断材料だが、想像するのは容易い。
(お似合いだったのに)背の高く爽やかな笑顔を浮かべる彼と、可愛くてお利口で素敵な彼女。美男美女だと目の保養にする人もいたくらいだ。それなのに、ああ、可哀相(どこか他人事に思わない自分がいるのだから、何とも嘆かわしい)。
そして、そんな彼女に暇人認定されていた私は、今日、クリスマス当日。待ち合わせ場所である噴水前でぼうっと突っ立っているのである。

「……寒いわ」

吐き出す息は真っ白で、この一月で一気に冷え込んだものだなあと思う。マフラーをしてきて良かった。つい先日買ったばかりのそれをぎゅ、と握りしめる。
どうやらなまえは遅刻するようだ。携帯を開くと、慌てているのだろういつもの彼女とは違う短い文面が目に入る。(電車に乗り遅れたのね)しっかりしているように見えてたまにこういうドジをするのが彼女だから、付き合いの長い私はさほど怒りもせずに、ふふ、と笑う。

(多くは語らなかったけれど)やはり彼女はフラれてしまったのだろう。それも、ごく最近に。そうでなければ、こんな日に恋愛映画を見ようとチケットを二枚用意する訳もない。つまり本来なら、ここにこうして立っているのは私ではなく、彼女の大好きな男だった訳なのだから、それを思うとなんとなく居心地が悪い。
どうしてフラれてしまったのか。そればかりは私の口から聞く事は出来ないし、恐らく、彼女も話さないだろう。それでいい、と思う。彼がなまえをフッた理由なんて私には分からないし、分からなくていい。結果に至るまでの道なんて、どうでもいい。
携帯へと向けていた視線をふっと上げると、やはりこんな日であるから、そこかしこに笑顔の男女が歩いていた。幸せそうに、笑いながら。二人、手を繋いで。彼らにとって、クリスマスは丁度良いイベントなのだろう。
こんな光景をなまえが見たらどう思うだろう。あまり、良い気持ちは抱かないだろうなあ。私が、彼であれば、それは違っただろうけれど。彼女も災難だ、こんな大切な日を過ごす前に別れてしまう事になるだなんて。

「瞳子!」

私を呼ぶ声が、遠くから聞こえる。驚いて声の方へと振り向くと、そこには、寒さからか頬を赤くし、普段着とは違う衣装に身を包む待ち人が立っていた。
「なまえ」もう少し待たされると思っていたから、驚きに目を見開きながらも、走り寄ってくる彼女へと歩む。なまえは、ぜえはあと息を荒げしゃがみこんで、近寄ってくる私を見上げた。

「ご、ごめん、遅れちゃって」
「いいのよ、いつもの事だから。それより、電車に乗り遅れたんでしょう?もう少し待つ事になるかと思ったんだけど」
「うん、だから、タクシーを呼んだの。その方が早かったから」

「途中で渋滞に巻き込まれたから、ここまで走ってきたんだけど」と、呼吸を落ち着かせゆらりと立ち上がって、なまえは言った。
よほど慌てていたんだろう、整えてきたらしい髪は少し乱れていて、その事実を不思議に思う。

「どうして」
「え?」
「どうして、そこまで急ぐ必要があるの?私は、……彼じゃないのよ」

ここにいるのが、こうしてなまえを見ているのが、私じゃなくて彼ならば、その慌てようも理解できたのに。
何言ってんのよ、と、そうなまえは目を瞬かせる。よく見れば、化粧か何かで誤魔化しているような感じはあるけれど、彼女の優しい目は腫れていた。

「私の勝手な都合に巻き込んだ親友を待たせる訳にはいかないでしょ」

映画見に行こう、と笑う彼女に、罪悪感を抱く。親友。そう、私と彼女は、昔からの親友。
(でも、ごめんなさい。私は貴方にこんなに想ってもらえているのに、私は、本当は……)良かった、と思った。昨日、彼女が泣きながら私に映画のチケットを渡してきた時、私は、良かった、とそう思ってしまった。心中では幸せに溺れてしまいそうだったの。
知らないでしょう。貴方が彼と付き合い始めた時、私、本当に彼の事を憎く思ったのよ。昔から、そうだった。貴方に近づく人間は皆消えてしまえばいいと思った。父さんの事で悩む私に優しくしてくれた貴方を、いつも隣にいてくれた貴方に、私は抱いてはいけない想いをぶつけようとしていた。
手を握った。彼女は、私の手を強引に握って、ほら、なんて言って笑う。
「瞳子」「うん」「ありがとう」いいのよ、と笑い返して、歩幅を合わせて歩く。ごめんね、なまえ。私は今どうしたって、この光景がさっきまで見ていた恋人達と同じように見えていたらいいのに、とか、そんな事ばかりを望んでしまうの。



素敵なお題は蝶の籠様から!






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