稲妻11 | ナノ






「マックスのばか!」
「みょうじのほうが馬鹿だよ、この前のテストの結果覚えてないの?」
「そういう事じゃないよ!」


ほんのりと赤い頬をさらに真っ赤にさせて、みょうじは憤慨した。視線の先ではマックスが頬杖をついて憮然とした表情を浮かべている。
毎度毎度の恒例行事である二人の喧嘩は、今回で通算何回目だろうか。100回目を超えた時点で数えることをやめたんだっけか。よりによって教室で人目を憚らずにするものだから、クラスメートにとっては既に日常の風景と化している。
喧嘩するほど仲が良いって言葉通り普段は仲良い方だけど、だからといって喧嘩なんてしない方がいいにきまってる。だって周りに迷惑がかかるだろう。
ああまったくくだらない、そんな、二人にばれたら怒られそうなことを考えつつ、俺はひとり欠伸をした。
今日の喧嘩は何が原因なんだろうか。それとなく近づいて、みょうじの肩をつつく。


「みょうじ。今日は何なんだ?」
「あ、半田。それがね聞いてよー。マックスったら今度のデートはゲーセンに行こうっていうんだよー」
「は?」


一応この二人はカレカノ同士である。つい最近、部員とマネージャーの関係から彼氏彼女の関係に昇格したのだ。本当に突然で驚いたけれど、それなりに仲良くやっていた。この喧嘩も、いやよいやよも好きの内、ということなんだろうけど。
それは、まあ、なんというか。今だに彼女がいない俺からするとなんとも羨ましい。畜生。
憮然とするみょうじを後目に、マックスは心底うんざりしている、と言った感じで口を開いた。


「最近新しい筐体が入荷したからやってみたいんだけど、みょうじがうるさくて」
「うるさいって何!別の日に行けばいいじゃん」
「ああそれもそうだね、じゃあ今度のデートは別の日で」
「そ、そうじゃなくって」
「…マックス、さすがにそれは酷いんじゃねえの」


でもやっぱり、本当にくだらない理由だ、とため息をつく。そういえばマックスはゲーマーだしなあ。実際今も、話をしながらゲームをするという器用なことをこなしている。しかし、前々から決まっていたらしい彼女とのデートより優先することでもない気がする。
俺がみょうじにつくような発言をすると、文字通りぴょこぴょこ跳ねていた彼女は心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。みょうじは、ところどころで見せるこういう笑顔がかわいいと評判だ。俺もどきっとする。
「やっぱりねー!」みょうじはそういって、マックスに向かって不敵に笑う。


「半田もこういってるんだから、ゲーセンじゃなくて水族館に行くべきだよ」
「何が楽しくてあんなただ魚が泳いでいるだけの水族館に行かなきゃいけないのさ。魚なんて食べるだけで十分」
「そっ…そりゃマックスはそうかもしれないけど」
「ああはいはい。じゃあ今度の土曜のデートは取り消しね」


不穏な空気になりつつあるこの教室には、気が付けば俺たち以外の誰もいなかった。
畜生、こうなることを見越して巻き添えにならないように出ていったんだな…!数分前の自分の行動に後悔したが、もう遅い。
みょうじはそれこそ、リスのように頬を膨らませて、唐突に、ほんっとうに唐突に、隣にいた俺に矛先を向けた。
気がつけば腕をぐるりと絡められ、思わずどきりと心臓が高鳴る。それほど小さくはない、柔らかな感触が、俺の腕にむぎゅうという効果音がしそうなほどに当たっていた。な、な、な…!


「なっなにやってんだよみょうじ!」
「もういいよ、マックスが一緒に行ってくれないんなら、私半田と行くから」


俺の言葉なんて聞こえないかのようにみょうじはマックスに告げる。
案の定みょうじの言葉に目の前の彼氏はわずかにぴくりと反応した。ゲームの画面にやっていた視線をすう、と持ち上げる。俺は氷のように冷えた目つきに頬を引きつらせるも、しかし隣のみょうじは異変に気づいていないようだった。
猪突猛進、考えなしの行動。ああ、いつだって俺はそんなみょうじの無鉄砲さを注意してきたのに!こういう事があるかもしれないって、思ってたから!
嗚呼、後悔。


「動物園」
「え」


はああ、と大きなため息をついて、マックスは視線をみょうじへと向けた。俺の方を見向きもしないのは、つまり、そういうことか。怖えよ。
何よ、そう呟くみょうじ。


「動物園なら行く。近いし」
「……水族館はやなの?」
「ヤだ。そもそも水族館ってみょうじが勝手に決めたんでしょ」
「うー」


マックスの言葉に、さっきまでむすっとしていたみょうじは頭をがしがしと掻いて、「仕方ないなあ」と言う。二人ともなんだかんだ妥協したらしい。
「じゃあ、駅で待ち合わせね。絶対来てよ!」「ハイハイ」いつものゆるい空気に戻ったことに気づき、ふっと頬を緩めた。あーだこーだいいつつも結局マックスはこいつに惚れてるんだし、まあ、良かったじゃんか。
するりとみょうじの腕をほどく。にこりと笑って小さく手を挙げた。


「それじゃ俺はこのへんで」
「…半田」


ちくしょう、やっぱり人生そう上手くはいかないみたいだ。
先程のことを思い出したらしいマックスの声を背に聞きながら、俺は廊下を全力疾走するのであった。




痴話喧嘩は猫も食わない
(毎度の事ながら言わせてもらう、リア充爆発しろ!)








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