稲妻11 | ナノ






耳と目を塞いでしまうとそこにあるのは暗闇であり無音であり、そうまでして彼がサッカーを、否、力を求めたという事実はただただ驚嘆せざるをえなかった。


「馬鹿みたいです」
「それは俺の事だろう」
「いたい」


ただ、悲しいかなそうまでして彼が望んだ勝利という存在は、エイリア学園が瓦解した事で儚く潰えた。そう、全く以て馬鹿だったのだ、彼は、一角は。安っぽく目にみえない物の為に己の世界を大きく狭め、その上願いさえ叶う事なくすべてが終わった。
まあそれらを失ったことにより彼の身体能力は格段に上昇したし、第一視界はないものの何処に何があるのか把握は出来るし誰の声も聞こえなくなるという事は全くないので、本人にとってみれば大した弊害もなかった訳だ。あのバンダナと思しき布も、普通に外せる訳であり。流石の彼といえどサッカーの為に目を潰し耳を潰すという愚かしい事はしなかった。あくまでそれは、疑似的なものであった。もしそんな事をする人間がいるとするならば、それは語りの世界の存在なのだろう。
だから、彼には私の呟く悪口もしっかり聞こえたので、当然のように私は反撃を食らうのである。抓られた頬を片手で押さえ無表情でため息をついた。


「誰も一角の事だなんて仰ってませんけど」
「お前が敬語を使うのは俺に対してだけだし、第一、ここには俺とお前しかいない」
「中々に賢いんですね」
「なまえが馬鹿なだけだ」


む。意趣返し。
「はいはい」再びため息をついて、私は空を仰いだ。そこにあるのは真っ新な雲にお決まりの青い空、そうして、すっかり見慣れた白黒のボール。「……ん?」気づいた時にはもう遅く、私と一緒に休憩をしていた一角の後頭部に白黒の、まあ、サッカーボールが、激突したのであった。





「あはは、ひー、ひひひ」
「何がそんなにおかしい」
「だって一角、全く気付いてなかったでしょう、今のボール!仮にもゴールキーパーなのに!」


ちなみに主犯は円堂守だった。豪炎寺修也のシュートを防いだのは良いものの、何故か思い切りすぱーんとボールが飛んでしまったらしく、それが、芝生に寝転がっていた一角にあたったという、ただそれだけのなんという事のない光景だった。一角も、悪意のないそれに怒ることは出来ず、むすっとはしつつも、気にするなと度量の深さを見せた訳だけど、幼い頃からずっと彼の隣にいた私としては、もう笑うしかないのである。だって一角は、少し前までは物凄く威張り散らしていたんだから。
これも雷門中サッカー部キャプテン、円堂守の成せる技なのだなあ、と感慨深くなる。今だって、目の前のグラウンドでは、あのグランが、楽しそうにサッカーをしている。……いや、ヒロト、だったか。エイリアがなくなり雷門中にスカウトされ、こうして自由なサッカーをしている今、彼をエイリア名で呼ぶのは少し変だ。


「そんなもので視界を狭めているから、こうなるんですよ。そんなものがなければ、一角だって充分円堂に対抗できるのに」
「それは買いかぶりすぎだ。俺はそこまで強くはない。……第一、このバンダナを外すつもりもない」
「変なポリシーをお持ちで」
「それほどでも」
「負けたくせに」
「仕方がないさ」


なんだか、そっけない。……いや、別に、寂しいとかそういう訳じゃないけど。
「馬鹿です、馬鹿。大馬鹿です」苛立ちとかそういうのをまとめて覆い隠すように、そんな事を言って、私は体を丸めた。そうして、地面を食い入るように見つめる。「ほんとに馬鹿」私ってここまで人を貶した事ないんだけど。ああ、そうだ、相手が一角だからだな。遠慮する必要がないんだ。


「……随分と分かり易い照れ隠しだな」
「誰が照れ隠しなんてっ!」
「心配してくれてるんだろう?」
「……ち、ちが……」


「どうせ…見えてない癖に」そう、彼は見えていない。当たり前だ、だって、自らバンダナを深くかぶっているんだもの。目も、耳も、遮断して。相当なマゾヒスト。
だから、さっきみたいに、後ろから飛んでくるものに気づかないし。今はそれほどミスする事もなくなったけど、昔はすごく酷かったんだから。私がつきっきりじゃないと、命だって落としてたかもしれない。
そこまでして、そこまで日常に支障をきたすくらいして、それでも、勝てなかった。最強のゴールキーパーになれなかった。今までの努力をすべて否定されたんだ、私だったら、気が狂いそうになるくらいなのに、でも、一角はどうして平然としていられるの。全く以て、訳が分からない。


「見えているさ」


思わず、視線を彼の方へとやった。バンダナは、つけてある。見える筈ないのに。


「……そんなものつけてて、見える筈ないでしょ」
「見えているよ。お前の暗い表情も、乱暴に開いた足の隙間から覗く下着も」
「…!!?」
「はは、嘘に決まってるだろ。…顔赤くなったな?」
「ばっ、馬鹿!」


慌てて足を閉じる。してやったり、と笑う一角を、殴りつけてしまいたい衝動に駆られる。
「だから……見えてる。円堂の強さも、俺の弱さも」けれど、続けてそう呟く彼に、はっと息を飲み込んだ。


「なあ。目と耳を塞ぐ前の俺は、弱かっただろう?」
「……そうですね、弱かった。すごく」
「でも、こうして…自ら視力と聴力を遮断して、ボールを感覚で受け止めるようになってからは、格段に強くなった」


「こんな事をして、俺はやっと、円堂と同じフィールドに立つ事が出来たんだ」敵として、……今は、味方として。強くなって、ダイヤモンドダストに入らなければ、それは叶う筈ない願いだった。


「俺がここまでしたのも、意味があったんだ。だから……後悔なんて、していない。する訳がない」
「一角…」
「気に病むな、なまえ。俺はお前がそう塞ぎこんでいると、調子が狂う」
「……そう、ですか」
「お前は俺の、大事な……友達、なんだからな」


そう、笑って、一角は私の頭をわしゃわしゃと撫でた。乱暴なその撫で方は、昔から変わらないそれで、……なんとなく、嬉しくなる。
「やっぱり、馬鹿ですよね、一角は」「……まだそんな事言うのかお前」はーっ、と息をはいて、手を振り払い、私は立ち上がった。


「私はっ、貴方の事!友達……なんかじゃなくて、もっとっ、大事な人だと思ってるんですからねっ!」


まるで、捨て台詞。けれどそれは、私の一世一代の勇気を振り絞った大切な言葉であって。
恥ずかしくなって走り去ろうとして、慌てて立ち上がった一角に腕を掴まれて、同じように叫ばれて、そうして……二人とも顔を真っ赤にして、硬直するまで、後1分。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -