私は、ウルビダを困らせるのが何よりも好きだった。いつも眉を顰めて「お姉さま」と呆れた声音で吐き出す様を見ては頬を緩めるのだ。悪趣味と言われたこともありましたが、それでも私は彼女を様々な手段を用いて困惑させたかった。どうしても。何をしても。 「お姉さま」 彼女が私をそう呼ぶのは、私が彼女より少しだけ上の歳の人間だからだ。ということは大抵のお日さま園……いやいや、エイリア学園……の生徒達にとってみても私は年上の人間であり、そういう訳で専ら私の呼び名は「お姉さま」もしくは「姉さん」で定着しているのだ。 だからといって、まあ、あの瞳子姉さまと同じ土俵に立っている訳ではない。あくまでそういう、利便性を求めた呼び名である事は流石の私でも重々承知なのである。 エイリア学園に属する人間で年上なのはデザーム、剣崎、お父様、それから、少々の厳つい野郎共……失礼、人間しか居はしないが、その少数にさえ私は「お前」「君」「あなた」としか呼ばれておらず、詰まる所、私の名前は空中を彷徨っている状態である。 「なあに、ウルビダ」 「なあに、じゃあないでしょう。またグランのドリンクに変な物いれましたね?グランが咽ていました」 「あらぁ……よく私だと分かったわね、ウルビダは犯人捜しの天才なのかしら」 「これで何回目だと思っているんですか、分かるに決まっていますよ」私とお父様以外には誰にも使わない彼女の敬語に、優越感を覚える。やっぱりウルビダは、いいなあ。 「今度は何をいれたんですか?」 「……フィンランドの素敵なお菓子、サルミアッキを」 「…………」 「味を想像してしかめっ面になるくらいなら、貴方も一口如何?」 「いっ、いりませんよ!私はそんな……宇宙人ですから」 「宇宙人という言葉に違和感がなくなって早数か月」 「話をそらさないでください」 こんななんという事のない会話に感動を覚えるくらいに、私は彼ら「宇宙人」との繋がりがない。 私は俗にいう「重い女」だった。大切なものはなんとしてでも手に入れて、嫌いなものは徹底的に排除する。親に殺されかけたというありふれた過去の持ち主である私の精神構造は他の人間達とは幼児の頃から腐り曲がり紫色に歪んでおり、そんな私と彼らの溝はいつも深い物だった。変わり種のお日さま園……いや、エイリア学園の中でもかなり変わっている人間、それが私だった。 だからこそそんな私に構ってくれるウルビダという存在はとても貴重だった。彼女にとっては一応サッカーの才能だけはあるらしい私のご機嫌取りをする為に貧乏くじをひかされたような物だったのだろうけれど。 いつものらりくらりと躱そうとする私を彼女は彼女だけはしっかりつかんで離さない。それがそれだけが私の素敵な時間。 「……はあ、ほら、お姉さま。謝りに行きますよ」 「どこにゆくの?」 「グランのいるところに」 「あら、残念だけれど、今、私の良心さんはシャットアウトしているの。どうしてもゆかなくてはならないのなら、また後で良心さんが戻ってきたときに菓子折りを持って訪問してくださるよう、グラン君に言っておいてくださらないかしら」 「お姉さま」 「なに?」 「私、お姉さまのそういう所嫌いです」 「およよ、そんな、ウルビダったら酷いことを言うのね。泣いちゃいそう」 私を泣かせたら、怒らせるのは貴方なのよ。そう言い含め目元を隠すだけで、ウルビダは一瞬嫌そうな顔をしてから、心にもない事を言って、困った笑顔で、私に甘い言葉を囁く。大変ね、貴方も。でも、最初よりずっと営業スマイルに磨きがかかってきたわよ。 流石に私に付き合わなくてはならない彼女に罪悪感は感じたこともあった。けれど、彼女への罪悪感よりもずっと、私は喜びに溢れていたのだ。 (ねえ、私、嬉しかったの。初めて私に話しかけてくれた貴方が、天使に見えたのよ。どんなにおかしい私に根気よく尽くしてくれた貴方が。食堂で隣に座ってくれた貴方が。ぎこちなく微笑む貴方が。とても、素敵な女の子に見えた。でもね、どんな貴方の姿を心のフィルムにおさめても、私、まだまだ貪欲に求めてしまう。足りないものを補おうとするのは、当然のことでしょう?だから私は練習も試合もサボるし、お父様に呼ばれても知らんぷり。剣崎の実験なんかには手伝わないし、厳つい部下達なんて踏んで前を進むわ。グランもバーンもガゼルもただのガキだし、その他に至っては存在すら認めない。私を知らんぷりする奴なんて、知ったこっちゃないわ。私は、そう、ウルビダ、貴方だけがいればそれでいいのよ。) 私はウルビダ以外の人間なんでどうでもいい。だから、ウルビダ以外なんかの言葉なんか聞く筈もない。ねえ、そうすると、嫌でもウルビダは伝達係の命を受けないといけないのよね。うふふ、素敵よね。神様はあんまり好きじゃないけれど、サッカーの才能をくださった事に関しては、とても感謝しないといけないと思うの。だってそのおかげで、私は彼女を好きに出来るんだから。彼女の困った笑顔を見る事が出来るんだから。 「ウルビダって本当に可愛いわよね。私、貴方のこと大好きよ」 だから、私の事だけ見ていればいいじゃない。ねえ、それってすごく幸せな事なのよ? 君を手に入れた (名前を呼んでくれなんて言わない。誰かの代わりで構わない。何なら貴方の想い人のお面でもつけてあげるから、私を好きだと言ってよ) |