否定の言葉を耳にいれてしまわぬよう、手のひらで遮断する。 私が恋焦がれていたあの人は悲しくなるくらい冷徹な瞳を湛えていた。心臓がぎゅうと握りしめられるような、なんともいえぬ感情が私を襲う。 私を好きだと言った彼女は、私の吐いた嘘を見破った。頭のよさそうな風貌をしていたし、実際、いつも私の数歩先を行っていた彼女だ、こうなることは想定の範囲内だった。 それでも私が嘘を貫き通したのは、真実を知ってしまっても、きっと彼女は私を好きでいてくれる……そんな期待におぼれていたからで……それでも彼女は、最悪のパターンに身を埋めてしまった。 「エイリア学園は私の友達を傷つけたの」 彼女の言葉は紛れもない事実。私は、私たちエイリアの生徒はさまざまな人間を傷つけた。彼女が所属していたという雷門サッカー部のメンバーだって、同じように。なまえはエイリア学園を誰より憎んでいた。戦力になれない自分が不甲斐なかったと言っていた。だからこそ、私のことを、誰より憎んでいる。 「私に近づいたのは、何故?私をあざ笑うためなの?」 「…違う、私は」 「何が違うの?……リオーネのこと、信じていたのに」 ぞくり。我がダイヤモンドダストの主将だって凍りついてしまいそうな言葉だった。 じくじくと突かれていたナイフで、心臓を貫かれたような絶望感を伴ったその言葉には、流石の私も皮肉で返すことなんてできやしないのだ。 エイリアンとはいっても、所詮、その程度。だから私は、知られたくなどなかった。 私にはダイヤモンドダストを捨てることもできないし、彼女の隣の席を誰かに譲ることもできない。両立させることが出来ない私は、なり損ないなのだ。 私は人間だから。 「好きだったのに」 それなのにああ神様、こんなのって、あんまりじゃないか。 初めて会ったときは、運命を感じた。レズビアンな私はアイシーもクララも美味しそうに見えたけど、なまえはもっと美味しそうだった。乱暴にしたら壊れてしまいそうなほどに儚くて、でも、その瞳は明確な意思を突き通している人間のそれで…彼女を見た時の衝撃といったら、今までの感情なんかをすべてふいにできるほどだった。 マスターランクともなると単独行動は大抵許されているし(現にガイア主将はよくどこかに出かけているらしい)、定時の特訓さえ済ませばあとは自由の身なのだ。私は各地を転々とする彼女のそばに現れてはたわいもない話をして過ごした。 なまえは行く先々で出会う私を最初こそ不信に思っていたものの、私がちょこっといじっただけですぐに態度を変えてみせたの。 そんな能力でも、人間の心をまるきり変えることはできないのだけれど。そんなことが出来たら、ああ、どんなに楽だったろう。 会話はどれも新鮮なもので、私は彼女と出会って本当に良かったと感じた。好きだった。愛していた。 向こうだって私のことを好きと言ってくれるが、彼女の好きと私の好きはずいぶん違ったもの。それでも、時間さえあれば彼女を自分のものにする自信はあった。 不確定要素はあったけれど。 「ねえ」 振り絞るような声を彼女は疑問に思ったろうか。前までなら様子のおかしい私を見て「どうしたのリオーネ!具合でも悪いの?」と心の底から私を心配してくれるのに、今の彼女といったら…人間とはここまで変われるのね、と、知りたくなかった知識を得た。 それでも私は言葉を紡ぐ。 「…私は、あの時のことを反省している。とても申し訳なく思っているの」 「……そんなの、わかってる。だってそうじゃなきゃ、リオーネ、そんな表情しないもの」 「わかっていても、…わかっているからこそ、どうしたらいいのか分からないよ」 そう言って、なまえはぼろぼろと涙を零した。いつもの私なら、そんな彼女の涙を払うことが出来たのに。今はどうしたって、彼女の傍に寄り添えることはできないなと思うのだ。 「私、リオーネがどんな人間であれ愛することができるって自信があった。それなのに、よりによってエイリア学園だったなんて、思いもしなかった」 「…」 「エイリア学園はね、私の親友をぐちゃぐちゃにしたの。だから、許せる訳ない。でも、どうしたって私、リオーネを嫌いになんてなれないの」 「なまえ」 今日初めて、私は彼女の名を呼んだ。それだけで死んでしまいそうだった。たったワンフレーズさえ、こんなに勇気を必要とする。 「それじゃあ、私はリオーネを捨てる」 「…捨てる、って」 「私は栗尾根由紀。なまえの事が大好きな…人間なの」 神様ごめんなさい。私は一人の宇宙人を捨てました。名はリオーネ。私の事をとてもよく理解してくれる女の子でした。 でも、仕方がないのです。私は誰よりも何よりも、なまえの事が好きなのですから。彼女を幸せにするのは私の役目なので、私はいつだって非情になれるのです。 後悔なんてしていない (あなたの笑顔が見られるのなら、私はどんな苦しみに苛まれても構わない) (そう思える程、私はあなたを愛しているの) |