「チャンスウさんは頭がいいんですね」 分かりきった事をへらへら笑いながらなまえは言う。一応は褒め言葉である筈なのに、どうしてか彼女が言うと馬鹿にされているようにしか思えなかった。 頭が良い、だって?当たり前じゃないか、私は死ぬ程勉強したのだから。同い年の子供らがおままごとだのしている間私は新品の鉛筆が小さくなるくらい勉学に励んだのだ。そんな言葉を直ぐに飲み込んで、私はうっすら笑みを浮かべた。弱みは見せるものではない、たとえ相手がこんな阿呆でも。 「貴女は頭が弱そうですね」私はおべっかは嫌いだから、この言葉は心からの本心である。流石の阿呆もやはり少しは傷つくらしい。ただ言い返す台詞も思い当たらないのか、唸ってみせるだけだ。 「まあ確かにその通りですけど……」 「おや、気に入りませんでしたか?」 「阿呆呼ばわりされて喜ぶような人間がいますか」 うぐ、と開いていた教科書に顔を埋める。そんな事してないで、さっさと問題を解いたらいいのに。この調子じゃ宿題もまだまだ終わらないだろう。 折角私が勉強を見てあげているのだ、少しくらい、嬉しそうにしたらどうか。なんて。……そんな事が出来たら苦労はしないのだけれど。 静かな部屋に男女が二人、ちょっとでも意識してくれるだろうかなんて思ったが、やはり、彼女は阿呆のようだ。 ああ、こんな忙しい時期にレベルの低い勉強会を行った意味がまるでないじゃないか。 なまえの日に焼けた指先がペラペラと退屈そうにページを捲る。その動作に私は小さくため息をつく。 「飽きましたね。全く、少しは勉強しなさい」 「……勉強なんてつまらないもの、進んで勉強する人がいるんですか?」 「皆が皆貴女のような怠け者なら、この世界はとっくのとうに機能していませんよ」 「それもそうだ」 ついには先ほどの私より大きなため息をついて床に寝転がるものだから、私はそんな彼女のだらしなく伸びきった足をシャープペンシルの先でじくりと刺す事にした。 痛い、そう呟いてはみたものの、彼女は体勢を整えようとはしない。ああ、仮にも年頃の女性が。みっともなくだらしない。 本来ならこんな女見向きもしないのに。私のタイプはもっと上品でお淑やかな、ヤマトナデシコのような女性なのに。ああ、でも、仕方ない。 「ほらほら、まだこんなにやらなければならない問題がありますよ」 「ああ、チャンスウさんやっといてください」 「そんな事の為に私はこうして時間を割いてあげている訳ではありません」 「じゃあどうして今こうして一緒に勉強してくれてるんです?」 「貴女の事が好きだからですよ」 止まった。じたばた動かしていた両足も、絶えず瞬いていた瞼も、欠伸をおさえようと口元に添えていた左手も。 そう、なまえの事が好きだから、私はこうして大切な時期に学友の面倒を見てあげているのだ。だというのに、まあ、なんというか。 「おやあ、驚きです。存外天然という訳でもないのですね」 「……時々チャンスウさんって、突拍子もなさすぎる事を仰いますね」 「そうでもしないと貴女には気づいてもらえませんから」 ああ、これだから阿呆の相手は疲れる。そんな事を考えながら、少しだけ頬を赤らめたなまえにひんやりと冷えた缶ジュースを押し当てた。 「遠慮なんてしませんよ」貴女が振り向いてくれるまで、ね。その為ならこの知識も徹底的に利用することにしますから、覚悟しておいてください。 策士策で絡み取る |