稲妻11 | ナノ








年頃の女性というものは誰だってオシャレに興味を持つと思うのだ。そりゃあ、幾らか例外はあるだろうけれど、現に私は月の小遣いをそういうものに使用している。流石にまだ化粧道具とかはあまり揃えていないけど、さわやかな香りのするリップクリームとか、かわいい洋服とか…やっぱり女の子は、いつだって可愛くありたいのだ。
そんな私とは違い、なまえはあまり自分を着飾るようなことはしない。最低限の身だしなみはしているみたいだけど、それ以上のことをしているのを見たことがない。
元々少し冷めたところがあるから、それは彼女のなかで当たり前なんだろうけれど、きれいに着飾った彼女を見ることができないのは、少しだけ悲しい。
まあ、そんなことをしなくても十分なまえはかわいいんだけどね。大人びた表情の中でたまにみせる、子供のような笑顔はとくにかわいい。私はそんな彼女のことが好きで、なまえも私のことを好きだと言ってくれる。
といっても、その感情は似て非なるものなのだけれど。


「杏には、好きな人でもいるのかしら」
「私?」


相変わらず本の虫な彼女は、ぺらぺらと退屈そうに頁を捲りながら、勉強をしていた私に声をかけてきた。その日は勉強会という名目で私の家に呼んだのに、勉強が大嫌いななまえは先ほどから本を読んでばっかりだ。私としては、一緒にいることが出来るのならなんだっていいんだけど。


「すきなひと?」


彼女の言葉を反芻して、私は曖昧に微笑んだ。


「なまえの好きなひと、教えてくれたら答えてあげるけど?」
「あら、ちゃっかりしてるのね」
「だって、普段なまえはこういう話しないじゃない」
「まあそうだけど」


ちゃっかりしてんのね、と頬杖をついたままじっとりとした瞳で見つめられる。
それでも私のにやにやとして笑みに何かを悟ったのか、はあ、とため息をついて何か考えるように視線を外した。


「杏」
「え?」
「杏のこと、好き」


瞬間、ぼおっと頬が赤くなって、高熱に侵されたみたいに体の芯まで火で炙られているような感覚を覚えた。
冗談は程ほどにしてよね、そう言ってほほ笑む。いけないいけない、危うく取り乱すところだった。私はなまえの前では大人っぽい女の子でありたいのだ。だって、その方がなまえに似合うと思うもの。
はあ、とため息をついて、「で?本当は誰が好きなの?」と問いただす。悲しいながら、なまえが私を好きな訳ないのだ。だって、なまえは。


「…誰だったらいいのかしら」
「……え?い、いや、そりゃあ…南雲とか、熱波とか…さ」


私の問いかけに、一瞬、そう、本当に一瞬…なまえは、酷く悲しそうな笑みを浮かべた。何かを悟ったような、そんな笑み。私はなまえの笑顔は好きだけれど、その笑みだけは、好きになれない。そう、思った。


「じゃあ、激でいいわ」
「激でいいわって…何よその「今考えました」みたいな答え方は」
「だって、そうじゃなきゃ納得しないんでしょ?」


「杏は」。貼り付けたような笑みはなぜか私を物悲しくさせる。
(どうしてそんな笑みするのよ、どうして、そんなに苦しそうに笑うのよ)
だってなまえは、こんなに可愛いのよ。だから、…だから、私の事好きでいるはずがないじゃない。根拠のない推論は、しかし私を縛り付ける。
そう、だから、私と一緒にいる時のあの艶やかな笑みとか、私の名を呼ぶ声音とか、私の頬を撫でる指は、ただの、虚像でしかないの。
虚像でしかない、筈なのに。


「…応援、してる」
「ありがとう」


なまえの顔を見ずにそうつぶやくと、彼女はきれいな声で私に礼を述べた。



私にもっと勇気があれば、あの時、私も好きだと言えたのかもしれないけれど、今となってはもう、後悔先に立たずでしかない。本場と見事結ばれたなまえは、今日はデートだと嬉しそうな笑みで私に告げた。良かったわね、そう言うと、あの子は私に、杏も好きな人が出来たら教えてね、と言われた。
そういえばあの時、結局私はなまえに好きな人を教えていなかったっけ。結局、なんだかんだで有耶無耶になってしまったのだ。
昔は勇気がなくて言えなかった、そして、今は叶えられる筈もないから言わないけれど、私は、私は。



ファンファーレは聴こえない



大人になったなまえのあの寂しそうな笑みがどうしても忘れられないの。










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