稲妻11 | ナノ






「瞳子、これ、頼まれていた資料」
「あら、ありがとう」


キャラバンの中でじっと紙とにらめっこしていた瞳子に、遠慮がちに話しかける。
私の手元にある数枚の資料を見やると、彼女は先ほどの表情を一転させ、口元を緩めていた。
選手の情報というのは、今の彼女にとって大切なものだ。宇宙人を倒せることのできる、最強の選手たちを集めるために、情報というものはどんなものだって詰め込んでおかなくてはならない。
現在その情報を元に集まった選手らは、外の広場で楽しそうに笑っている。
運動が苦手な私は、そんな彼らを少し羨ましいなどと感じた。


「今回も良くまとめてあるわね」
「そりゃ、瞳子の為だもん」


褒められたことが嬉しくて照れ笑いを浮かべながら、私は自然を装って彼女の隣の席にと腰かける。
私が調べ上げた選手情報をじっと見つめる瞳子の横顔をそっと眺めた。
私はこのイナズマキャラバンに、情報を集める為の手段として呼ばれた。瞳子の友人である私は勿論喜んで参加した。
機械の扱いも、情報の集め方も、ひとつの特技ではあるのだけれど、今まではそうたいして役に立つことはなかった。そんな特技が、他でもない瞳子の役に立つのだと…知った時は、本当に嬉しかったのだ。
それを瞳子が知っているのかはわからないけど、それでも、良い。


息をするのさえ戸惑ってしまうほどの静けさは、私をほんの少しだけ苦しくさせた。
他の人たちがこの空気を壊してくれたら良いのに、と、それでも、私と瞳子の二人きりの空間を邪魔されるのは嫌だなと、相反する感情を不思議に思った。
「そうね」瞳子が呟いたその言葉に、私はびくりと肩を震わせた。


「次に行く場所が決まったわ」
「そっ、か」


貴女のおかげよ、そう言われて、私は嬉しくなって、笑顔で頷いた。
舞い上がった感情はいつもなら彼女に苦笑されてしまうだろうに、そんな事も考え付かないくらい、幸せだった。


「それじゃあ、皆を呼んできてくれる?」
「早速出発するのね、わかった」


そりゃあ、どんな事だって早く行動する方が良い。
私は立ち上がって、扉に手をかけ、そうして、動きを止めた。
「なまえ?」瞳子が私を呼ぶ。久しぶりに自分の名前を聞いたような気がした。
そりゃそうだ、私の名前を呼ぶ人物は、この旅のメンバーの中では、瞳子しかいないのだから。
つまり、ああ、そういうことなんだ。


「瞳子って、変わったよね」
「…私が?」
「前までは、…そりゃあ、私よりは少ないけれど、…笑っていて」


扉を掴む手が、震えている。
こんな事を言って、瞳子を困らせてしまわないだろうか。いつもは彼女の言葉を優先させてしまう私は、それでも今は、少しだけ、彼女の事を苛立たしく思っていた。


「確かに、この旅は大切な物だけど、それでも、瞳子が自分を犠牲にしてまですることじゃ」
「そんな事ないわ。私は、頑張らなくてはいけないの」


円堂君達より、ずっと。
その言葉が意味する感情は、私には分からない。
ただ、今振り向いたら絶対にだめだと、思った。


「何よそれ、そんなの…」
「貴女には分からないわ」


私は瞳子の友人だけれど、彼女の事は全然知らない。住んでいる所も、家族の事も、何も知らない。
知っているのは、とっつきにくいような態度を取っているけれど、本当は優しくて、寂しがりやで、大人っぽくて、でも、実はとっても頑固な人だということだけで、そんなの。


「……そうよね、ごめんなさい」


まるで、彼女と自分は別の次元に生きているような錯覚を覚えた。
私には、普通の大人に見えた彼女が、全く関係のないようなサッカー部の監督をやっている理由が分からない。所詮他人なんだから、そう言われているような気がした。
ぎゅうっ、と胸が苦しくなった。瞳子の表情が見えない今、そんな気持ちが加速を増していて、先ほどのはしゃいでいた自分に、罵声でも投げかけてやりたくなった。
でもね、と彼女は呟いた。私には聞き覚えのないような声に聞こえたけれど、でも、此処には私と彼女しかいないのだ。
拒絶の言葉は、聞きたくない。


「私は、貴女の事が好きよ。今も昔も、変わらず」


いつの間にか伏せていた顔を、上げた。


「瞳子は、ずるいわ」
「あら、どうして?」
「だって、瞳子は私の事を好きなんかじゃないんだもの」
「嘘なんかじゃないわ」
「瞳子が私を好きなのと、私が瞳子を好きなのとは、違うのよ」
「違う?」
「私が求める好きとは、違うの」


分かっている癖に。
そう呟くと、瞳子が後ろでくすりと微笑った。


「いつか、好きになってあげる」
「それはいつの話?」
「少なくとも、この旅が終わってから」


遠いなあ、少し悲しく思いながらも、私は扉を勢いよく開いた。



彼女はずるい。私の気持ちを全て知った上で、はぐらかす。
それでも、彼女が拒絶の言葉を吐かないことに、少しだけ、嬉しいと感じた。
だって、女が女を好きになるなんて、とってもおかしいことだもの。今までだって何度も何度も、拒絶され、罵倒され、蔑まれてきた。


嫌な気分を払拭するように、私は外気に晒された頬をぱしんと叩いた。


「瞳子が好きなのは、『明るいなまえ』なんだから」


いつだったか彼女が微笑みながら呟いたその言葉を思い出し、自然と頬が緩む。
飛ぶ2羽の鳥を見つめ、いつか私もああなれたらな、と遍く空に思いを馳せた。


アンダンテ












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