稲妻11 | ナノ






全てが都合よく行く人生ならとっても楽なんだけど、やっぱり現実というものはそう上手くいかないもので。
私が思うこの感情も全部全部、吐き出せたら、どんなに幸せなんだろう。


「こんなところで、何してるんですか」
「春奈」


ドアを開けてそう声をかけると、屋上に一人ぽつんと立っていたなまえ先輩は幾らか驚いた表情を浮かべながら私の名前を呼んだ。
振り向くと、彼女の黒髪がさらりと揺れて光に輝いて、ああ、綺麗だな、なんて思った。


「いや、ね。文章が上手く書けないから、ちょっと気分転換に」
「そうですか」


結構何においても万能っぽいなまえ先輩がそんな事言うなんて意外です、そう言うと彼女はなんだそれはと苦笑した。
「誰だって悩むものさ」いつも胸ポケットにさしてあるボールペンをびしっと私に突きつけて、なまえ先輩は首を傾げた。


「いやあ、どうにもまとまらなくてね。注意力散漫というか」
「だから、屋上に?」
「うん。空を見たら、落ち着くかなって」


たはは、と。前とまったく変わらない笑みを浮かべ、なまえ先輩はフェンスに寄りかかった。
なまえ先輩は新聞部の先輩。私は今サッカー部のマネージャーだから、最近は殆ど会っていなかった。
今日だって、屋上に入っていく彼女を見たから、なんとはなしについていっただけなのだ。
でも、すっかり日が立ったのに、彼女は全然変わっていなかった。なんだか、それがむしょうに嬉しく思える。私はと同じように、フェンスに寄りかかる。


「そういえば、春奈はサッカー部に行ったんだよね」
「そうですよー」
「どう?楽しい?」


下から覗きこまれて、私は思わず返答につまった。
楽しい、だなんて、言ってしまっていいのだろうか。
それだとなんだか、新聞部が楽しくなかった、というようなニュアンスにとられやしないだろうか。
そこまで考えて、私は、それはないなと考えを改めた。
だって、なまえ先輩はそんな事考えるような人じゃない。
他人の意見を尊重してくれる、優しい先輩だ。
私の憧れの、先輩だ。


「はい!楽しいですよ!」
「そうかそうかー!」


案の定、彼女は満面の笑顔で私の頭を撫でた。新聞部に入部したての時から、この癖は直っていないらしい。1歳年下なだけなのに。


「よおっし、決めた!今回の特集は、サッカー部特集にしよう!」
「…えっ!?」
「つい最近まで弱小と呼ばれていたサッカー部のシンデレラストーリー…はちょっとニュアンス違うけど、まあ、そんな感じの記事を書こう!」
「ちょっと、なまえせんぱ」
「そうとなれば直ぐ行こうさあ行こう!春奈、ほら、部室に案内して!」
「も、もう、強引なんですからー」


私が新聞部にいた時もそうだった。思い立ったが吉日という風に皆を振りまわすなまえ先輩。でも、嫌われてはいなかった。
勿論、私だって、嫌いなわけない。強引に握りしめられた手を、握り返す。


「仕方ないですね!取材費は駅前のカフェでクレープを奢る、でどうですか」
「流石私の後輩、強かねー。了解、楽しみにしてて!」


片目を閉じて振り向くなまえ先輩に、私は同じように笑って返した。



全てが都合よく行く人生ならとっても楽なんだけど、やっぱり現実というものはそう上手くいかないもので。
私が思うこの感情も全部全部、吐き出せたら、どんなに幸せなんだろう。
…そうは思ったけれど、今が楽しければ、そんなものは後回しで良いんじゃないだろうか。
現に私の大好きななまえ先輩は幸せそうに笑ってくれるし、私もそんな彼女を見ているとハッピーな気持ちになれる。
全てが都合よく行く人生よりも、適度に楽しく適度に幸せで、上手くいかないことがあるけど、頑張れる人生の方が断然楽しい!


「せんぱいっ!だいすきですよ!」
「ふふっ、私もだいすき!」


それはまるで雲のような!
(白い軌跡を追いかけて)








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