いつも彼女とは視線があうから、なんとなく興味はあったの。 それで、なんとなく、声をかけた。 「凍地さんは、宿題終わった?」 「ええ」 所詮は他人、ということで、反応もそっけない。 凍地さんは進んでクラスメートと接触しようとはしない。 何かを避けているような、そんな感じ。 転校生の彼女はそりゃあ友達は作りづらいだろう。 だけれど、声をかけたクラスメートは悉くそっけない反応を返されてしまって、私も、今この瞬間、そのなかの一人となった。 一人でいるのはどういう心地なんだろう。 私の周りには友達がいる。 何でも話せる子ではないけれど、それでも、当たり障りのない会話はこなすくらいに、仲は良い。 それを踏まえて。私には一人なんて耐えられない。 だから、凍地さんだって好きこのんで一人でいるわけではないと思った。 ただの決めつけだけれど、それは当たっているような気がした。 勘は、結構鋭いほうだ。 「一緒にご飯食べましょう」 お昼時、凍地さんはお弁当を持って教室を出て行く。 それを見計らい、私は彼女に話しかけた。 友達らには事情は伝えてあるし、私の方には不備はない。 凍地さんは私をちらりと見て、「なんで?」と言った。 鈴の音のようなきれいな声だ。 「特に理由はないけど」 「じゃあ、私に構わないで」 凍地さんはそう冷たく言い放ち、すたすたと廊下を歩いていく。 私は一呼吸置いて、彼女を追いかけた。 「どうしてついてくるのよ!」 「一緒にご飯が食べたいからよ」 「意味わかんない」 「凍地さんと仲良くしたいもの」 凍地さんはぴたりと足を止めた。 窓の外から涼しげな風がやってくる。凍地さんの髪が靡き、一瞬、表情が見えなくなった。 「仲良く?」 「友達になりたいと思ってる」 「…こんな面白みもない奴を?」 「私はそんな風には思わない」 そう、と凍地さんは考えるような素振りをみせ、「屋上」そういった。 「私いつも屋上で食べているの」 「そっか」 また歩き始める凍地さんについていく。今度は怒られなかった。 私達は友達になった。 そう思っているのは私だけかもしれないけれど、それでも、仲良くするようにはなった。 だんだん態度も柔らかくなって、皆の前で笑顔を見せるようにもなった。 凍地さんに話しかけても、つんけんした態度をとらないようになった。 帰路につく私達。凍地さんが曲がり角でさよならと言い、私もさよならと答える。 「あ、待って」 踵をかえそうとした私を、凍地さんが呼びとめた。振り向いて、何?と首を傾げる。 「みょうじさんは、」 「うん」 「もし私が、宇宙人だったらどうする?」 突拍子もない言葉に、私は瞬きをした。 「宇宙人?」 私の頭の中に、両手を繋がれている灰色の怪人が浮かぶ。このご時世に宇宙人。 それでも、私にはその言葉が、なんだか真剣なもののように思えて。 もし凍地さんが宇宙人だったら。 「わかんない」 「……そっか」 「でも、拒絶はしないと思う」 「…本当?」 「うん、だって、凍地さんは凍地さんだもの」 その言葉に、凍地さんは嬉しくなったのか、にこりと微笑んだ。 じゃあまた明日ね!私の言葉に、凍地さんは頷いて、 「さようなら」 そう、言った。 翌日だった。エイリア学園という言葉がトップニュースに現れる。 宇宙人と名乗る集団が、各地の学校を破壊している、そんな、現実味のないニュース。 なんとなく昨日の事を思い出しながら、凍地さんとの待ち合わせ場所につく。 私達はいつも待ち合わせをして、学校に一緒に向かっているから。 それでも、いつもは私より早くいる筈の凍地さんは、そこにはいなかった。 体調を崩してしまったのだろうか、不安に思う私の傍で、どん、と何か音がした。 「凍地、さん?」 煙のようなものが巻き散らかされ、私はげほげほと咳をして、そこで、気づいた。 煙の先に誰かがいることに。 私は真っ先に、待ち合わせをしている彼女の名前を呼ぶ。けれど、 「はじめまして、みょうじなまえさん」 そこにいたのは凍地さん。けれど、いつもの制服姿ではなく、奇妙な服を身に纏っている。 それに、なぜ、はじめましてなんだろう。 「どうしたの凍地さん」 「私は凍地じゃなくて、アイシーって言うの」 「アイシー?」 訳の分からない事態に混乱する。 アイシーって、何? 「私は遠き星エイリアからやってきた、宇宙人」 宇宙人。宇宙人って、あの。 エイリアだなんてそんな、まさか。朝聞いたニュースが頭を掠める。 じゃあ、本当に、凍地さんは、宇宙人なの? アイシーだなんて言っているけれど、私は彼女が、凍地さんにしか見えない。 だって、どうして、泣いているの? 「貴女を、攫いに来たの」 ふわりと爽やかな香りが私の鼻腔をついた。 凍地さんに、アイシーさんに、抱きしめられている。 私はなぜか薄れていく意識の中で、凍地さんが泣きながら微笑んでいるのを見た気がした。 元々、みょうじなまえを拉致してくるように頼まれたのは、クララだった。 だけれど、彼女が持っていたみょうじなまえの写真を見て、興味を動かされた私は、クララに役目を交代するよう頼み込んだ。 最初は渋っていたクララも、お父様の進言もあり、あっさりと写真を手放した。 どうしてこんな子に惹かれたのかはわからない。 お父様は彼女は良い素材だからと言っていたが、私にはサッカーが出来るようには見えない。 それとも、お父様の言葉はただの建前で、本当は何か考えがあるのだろうか。 わからないけれど、それでも良かった。私は、クラスメートとして彼女に接触していくよう命じられた。最初から拉致すれば良いのにと思ったけれど、私は命じられた通りにすることにした。 転入してきて早々、私は失態をやらかした。 話しかけてきた男子がなんとなくいやらしい笑みをしていて、反射的に罵ってしまった。 こんなことをする私に近づこうなんてする人はいない。みょうじなまえに接触する事がほぼ不可能に思えて、私は少し焦った。 それでも、そんな私に話しかけてきたのが、よりにもよってターゲットである彼女だった。 よっぽどの馬鹿であるのかと私は疑問に思い、少し突き放した態度で接してみる。 思えば何故こんなことをしてしまったのだろう、一歩間違えばお父様の命令に背くことになりかねなかったのに。 それでも彼女は、そんな私に『仲良くなりたい』だなんて。 自分から獲物になりに来たような物だ。ちゃんちゃらおかしい。 だけど。 私は柄にもなく、嬉しい、だなんて思ってしまっていた。 とりとめのない会話も、彼女とすれば楽しいものだと。 昼食を二人で食べることが、こんなに良いものだと。 お日さま園に帰ってきたことが、こんなに詰まらないものだと。 彼女といればいるほど、どんどん深まっていく思い。 私はそんな思いに気づいてしまったけれど、享受することなど出来ない。 獲物に惚れるハンターなんて、いるのだろうか。 おまけに、相手は女で、私も女だというのに。 それでも、私には否定することは出来なかった。 作戦実行日、前日。 何を血迷ったか私は、彼女にもし自分が宇宙人だったらなんて、告げてしまった。 それでも彼女は、みょうじさんは、そんな私を拒絶しない、と。そう言って。 どうして。どうして、あの人は、私の欲しい言葉をくれるのだろう。 「 」 みょうじなまえを抱きしめる。 お父様に頂いた薬を嗅がせると、いとも簡単に彼女は眠りに落ちた。 目的は完了した。早く帰らねば。 ぽたりと雫がこぼれた。雨なんて降っていないのに。 もし宇宙人が貴女を攫いに来たとしても、貴女はもう一度微笑みかけてくれるのでしょうか。 答えなんて、分かりきっている (幼い恋心を粉々に砕いて、私は愛しいひとを抱きかかえた) (ごめんなさい、好きだったの) |