稲妻11 | ナノ







今、私は笑えているのだろうか。自分で自分の表情を確認するなんて鏡でもなければ難しいので、今この私にそれを確かめる術はない。ただ、目の前でなまえが笑っているので、恐らく、私も笑えているんだろうな、と思った。なまえは、私が泣いているとおろおろとして必死になって目を瞬かせるからだ。


泣いているのは心だけで充分だ。この気持ちをこの子に伝えるつもりはない。心配させるのに罪悪感をわいたということもあるし、それよりも、私が泣いている理由を聞かれるのが嫌だった。私は嘘が下手だから、この子をごまかすことはできないだろう。もとより、ごまかすつもりなんてない。私は彼女にそれを聞かれたらためらわずに答えてしまうだろう。私はなまえに忠実なのだから、逆らおうだなんて思わない。


お父様の本当の娘であるなまえの世話係は私だった。お父様が警察に連れて行かれて昔と同じ暮らしをまた始めた今でも、瞳子姉さんにこの子を頼まれた私は半ば世話係のようなことをしている。本人は私よりひとつ年下なだけだし、世話なんていらないとむくれるのだけれど、私からしてみればすこし目を離したらどこかにいってしまう彼女に世話がいるのは明確な事実だった。


「れーな」
「なんだ?」


彼女は私をれーなと呼ぶ。子供の頃「い」の発音が出来なくてれーなれーなと呼んでいたのをそのままにしてあるのだ。彼女が呼ぶ私だけの名前。それなら、れいなではなくれーなという名前になっても良い気がした。彼女だけの、私の名前。


「れーなは、楽しい?」
「なにが?」
「こうしているの」


私の足に自らの足を絡めたまま、なまえは首をわずかに傾けた。長い前髪のせいで表情が伺えない。日頃から切れといっているのに、彼女はそれを是としなかった。不自然に伸びた髪が、ふぁさりと揺れる。


「楽しいかな」
「本当に?」
「どうして、そんなことを聞くんだ?」
「さっきから、無言だったから」
「…ああごめん、考え事をしていただけなんだ」


彼女は寂しがりやだ。それはきっと、幼少期に兄が消え、姉も消え、そして今、父も消えている。そんなことに由来するのだろうと私は思う。私も本当の親はいないけれど、別に深くは考えたことがない。それでも、今までたくさんの愛情をもらっていた彼女からしてみると、ぽっかりと胸に穴があいた気持ちなのだろう。それを埋めるのは、私の仕事だ。


「考え事?」
「ああ」
「そっか」


ぐっと力をこめて、彼女が身を乗り出した。彼女の手のひらが私の頬をくすぐる。


「れーなはあたたかいね」
「そうか?」
「私も、冷たい」
「…どうして?」


最初はその温度は体温のことなのかと思っていたけれど、若干ニュアンスが違うような気がして。首を傾げると、なまえが顔をあげた。表情が垣間見える。


「兄さんもいなくなって、姉さんもいなくなって、それで、父さんもいなくなって。それなのに私、れーながいたら悲しくなんてないの」
「そう」
「私って、酷い?」


「酷くなんかないさ」私は、そう即答した。「私はそのためにいるのだから。なまえが気にやむことではない」腕を彼女の背中にまわし、形だけのハグをする。こうすれば彼女は落ち着くんだって、昔からの経験で知っていた。何もかも知り尽くした私。


「ありがとう」
「ああ」
「れーなは優しいね」


そんなわけないんだ、と私は心の中で呟いた。本当は私はこの子を誰にも渡したくないと思っているし、彼女の中に巣食う家族という存在が消えて私がかわりに埋まれば良いと日頃願っているし、彼女の特別になりたいという妄想だって抱えている。それでも、私の中のなまえは私をそんなふうに見てくれないだなんていうことは百も承知で、だからこそ、彼女が視界にいれるすべての存在を憎らしいと思ってしまうんだ。そんな私が優しいわけ、あるか。


「ねえ、なまえ」
「なに?」


涙は悟られてはいけない。この心も悟られてはいけない。私はたえない笑顔を浮かべて、彼女の頬にキスをした。


「私のこと、好き?」

「うん、大好き」









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