「賭け、ですか?」 疑わしそうにチャンスゥへ視線をやると、彼は目を閉じたまま(いつも思うのだけれどこれで周りが把握できているのだろうか)こくりとうなずいた。賭け事などというものは私はあまり好きではないので乗り気ではないのだが、続いて彼が「あなたが勝ったら何でも言うことを聞いてあげますよ」という言葉に少し興味を持ってしまった。何でも、とは、つまり、ええっと。 「よろしいですか?」 「はっはい!」 咄嗟にそう答えてしまったものの、内容を聞かずに了承してしまうのは流石にまずい気がする。あわてて「内容によりますが!」と付け加えると、チャンスゥはふむと手で口をおおった。 「そうですねえ、どうしましょうか」 「…き、決めてなかったんですか?」 「ええ、まさか了承してもらえるとは思いませんでしたから」 なまえってお堅いイメージがありますし、と言われ眉を顰める。私にとっては彼の方がよっぽど堅そうだ。 「…では、こうしましょう。私があなたにあるお願いをして、もし了承してくだされば私の勝ち、断られたらあなたの勝ち、ということで」 「……はあ?」 「ええっと、それはつまり、チャンスゥの頼みを断れば私の勝ちって事ですか?」「そう言っているでしょう」何を馬鹿なことを、というような顔でチャンスゥを見つめるも、彼は至極真面目な表情を浮かべていた。そんな賭け、最初から私の勝ちが見えているじゃあないか。どんな頼み事をされたって、私が断れば良いだけなんだから。内容を聞いて俄然やる気になった私はもちろん、「いいですよ」と答えた。むしろここで断る方がどうかしている。そういえば昨日、涼野に私のとっておいたアイスを食べられたんだったな、チャンスゥに買ってきてもらおうかな。いやいや、折角のチャンスをそんなものに使っては勿体無い。取らぬ狸の皮算用とはよくいったものだけれど、しかしこの状況で負けを覚悟する方が無理だと思えた。ただ、チャンスゥの自身満々な笑顔に何かもやもやとした気持ちが浮かんでしまう。「では、いいですか?」「はい」彼はそのままの表情で私に告げた。 「好きです」 「はい?」 「ずっと前から好きでした。あなたを想わなかった日はないくらい、みょうじなまえという存在に心底惚れてしまっています」 声は出なかった。言い終え、私の返答を待つ彼に、ノーと告げれば私の勝ちだ。そう、そのはずなのに、どうしても私は否定の言葉をつむぐことはできない。「ず、ずるい、卑怯だ」うわごとのようにそう呟く私に、「なにがですか?」とシラを切るチャンスゥ。に、憎らしい。憎らしいのに。 「…賭け、」 「はい?」 「私の負けでいいです、賭け」 「そうですか。では私の勝ちですね」 「…いいですけど」 「では、これから買い物に行きましょうか」「な、なんで」「だって私が勝ったんですから、言うことを聞いてもらわないと」「…ううううう!」差し出された手をとると、ほんのりと熱が伝わってきて、それでも、伝わる熱より伝える熱の方が大きいんだろうなあと思うと、マグマを浴びせられているような感覚に陥った。どうしてだろう、頬が火照って溶けてしまいそうだ。 とけてなくなってしまえばいいのに (そうすればこの場から逃げ出せる、) (ただ、逃げ出したくないと思える私がいる) |