前々から両親がそわそわしているのは分かっていたけれど、それをどうしてかと問い詰めたことはなかった。彼らが俺に隠し事をするときは、決まって後々サプライズのようなものが付加されるからである。だからきっと、いつかはその『どうしてか』という疑問も払拭されるだろうと放置していた。
中学一年生という肩書きを背負うことになってからは、なんとなく、今までと違う考え方も思考することになる。それは、新しい肩書きとともに今まではなかった『責任』という義務を背負わされたからだと、俺は思う。大人になった分、背負わされる代償は大きい。だから物事を慎重に考えることをするのだ。そこで俺は、日々考えたことや行動を後で思い返せるように、日記を書こうと思う。母さんはそんな俺に「三日坊主にならないといいけどねえ」とくすくすと笑いかけたが、事実、小学4年の辺りで教師にすすめられた絵日記は三日も続かなかった。流石にそういった極端な飽き方はしないことを願う。われながら記憶力は良い方だと自負しているので、細部の言動なども書き留めることが出来るだろう。店で買ってきたノートは今、机の棚へとしまってある。
話は戻るが、最近両親が変だ。週に三日は何処かへ出かけ、夜遅くに帰ってくる。別に不信感などを抱いているわけではないが、少々気になる。誰かの誕生日パーティの準備でもしているのだろうかとは思ったけれど、誕生日の近い知り合いはいない。我が家はやたらと記念日を作るが、そのどれにも当てはまらない。謎は深まるばかりだ。ただ、その疑問は今日で払拭される。なんのことはない、ただの勘だ。そしてそのサプライズには、俺に何の害もない。事実これは、当たらずとも遠からずだった。
「ただいまー!」 「おかえり母さん、父さん」
陽気な声が先ほどまで俺しかいなかった家に響き渡る。3人家族だというのに、この家は広い。聞いた話によると父さんの祖父が大変な大金持ちだったらしく、これはそのお零れであるらしい。確証が取れないのは、その話をしたときの父さんが泥酔状態で、翌日にはそのときの記憶がすっからかんだったからだ。フローリングを踏みしめながら玄関へと向かう。彼らがいない時、俺は必然的に料理当番になる。今も、肉じゃがの味見をしていたところだった。玄関で出迎えると、母さんは匂いを嗅いで幸せそうに笑った。
「肉じゃがねえ。莢君の肉じゃがは美味しくて、母さん好きよ」 「母さんは何でも好きでしょう。…父さん?」
いつものようにスキンシップを図ろうとする母さんを軽くあしらいながら、俺は外にいるらしい父さんに声をかけた。荷物でもあるのだろうか。俺も手伝った方が良いかと声をかけようとしたところ、父さんは後ろに何か(あるいは誰か)を隠しながら入ってきた。
「お帰り、父さん」 「ただいま莢」 「あっそーだ莢!聞いて!見て!喜んで!あなたに妹が出来たのよ」
並々ならぬテンションの母さんに苦笑して、父さんはすっと横にそれた。彼の後ろに隠れていたものがあらわになる。
そこにいたのは、少女だった。ここらへんでは見たことのない、幼稚園くらいの子だろうか。青みがかったウェーブの髪、銀灰色の瞳は不安げにうつむいている。
「誘拐してきたの?俺犯罪者の息子にはなりたくないよ」 「違うわよ!ええっと、孤児院?児童養護施設?から連れてきたの」
つまり、音無家の新しい養子ということか。そういうことなら、今までの両親らの挙動不審な行動にも納得が行く。時々二人そろって出かけていたのは、孤児院に話をつけに行っていたのだろう。改めて少女のほうに視線をうつすと、彼女はビクリと震えた。慌てて母さんが少女を後ろにやる。
「もー、だめよ莢君、怖がらせちゃ」 「別にそういうつもりはないんだけど」 「でもそー見えるの!春奈ちゃん、こいつは愚息の莢君よ」 「さやくん…」
幼い声は緊張からかいくらか震えている。母さんはにっこりと笑いながら「じゃあ莢君の夕食頂きましょうか!うふふ、春奈ちゃん、こいつ体のわりに料理上手なのよ」「それどういう意味だよ」母さんを小突いて、彼女のスカートを握り締める春奈ちゃんを横目でちらりと眺めた。
「よろしく」 「…」
俺の言葉に、春奈ちゃんは自分に向けられている言葉だと分からなかったのか一瞬目を瞬かせて、小さく頷いた。社交的な性格ではないのだろうか。それとも、緊張しているだけなのだろうか。そういった疑問は鼻腔をくすぐる焦げ臭い匂いに中断される。げ、そういえば父さんの焼き魚放置したままだった。母さんののんきな笑い声をBGMに、俺は慌てて台所へと向かうのだった。
家族が一人増えました
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