愛lovesister! | ナノ




「聞いたぞ、最近男の子を部室に連れ込んでるんだって?」


野次馬根性丸出しの笑みを浮かべ、九重が振り向き頬杖をつく。最近は部活にこない彼だが、交友関係は広い方だし、きっとそういう経路で耳に挟んだのだろう。それにしても、部室に連れ込んでいる、だなんて少し心外だ。ノートと教科書とをこんこんと机で整え、しまいながら、うんざりしたような表情を浮かべてみせた。


「無理やりじゃねえよ」
「えっ、じゃあ合意?ふうん、音無ってそういう?」
「俺はノンケだし有人君をそういう目では見たことありません」
「…そう」


事情を知らないものが聞いていると確実に誤解が生まれそうな会話をこなしながら次の授業の準備を始める。


…あれから数日たったけれど、俺は彼を名前で呼ぶようになった。兄として接してもいいよと決めたのに名字呼びではしめしがつかないだろう。そして、その名前を呟く度に、思い出すのは春奈ちゃんの兄のこと。あれから家族にそのことについて聞いてみたのだが、見知らぬ彼は随分前に引き取られたらしく、情報は殆ど無かったそうだ。個人情報の漏洩は孤児院とて防がなければならないだろうし。情報を知る手段はもう無いといっていいので、半ば諦めている。ただの興味本位なのだしそこまで執着はしていない。


「へえー、なんだつまらん」
「お前につまってもらわなくても一向に構わん」


そこで興味を無くしたのか、九重は欠伸をひとつして眠そうにまぶたを手で擦った。


「寝てないのか?」
「徹夜でゲーム」


俺の問にもうひとつ欠伸をしながら答える。俺も人並みにゲームをするが、彼のように無理をしてまでプレイしたりはない。俺はRPGでもなんでも、一回クリアしたらそれで満足するけれど、彼は典型的なやり込み派だ。「あーもーだめ、僕寝るわ」ひらひらと手を振って九重は自分の机に向かって突っ伏した。次の時間の国語は捨てるつもりなのだろう。…ふむ、ここは、明日の小テストが国語だということを教えたほうが良いのだろうか。少し逡巡して、しかし彼の眠気を優先してやろうと伸ばしかけていた手を引っ込めた。


うん、俺ってば優しい。




____________________





小学校で必要な教材やら何やらをようやくそろえたらしい。俺が家に帰ると、恐らく外出先から帰ってきたときのままの格好だろう、春奈ちゃんが国語の教科書を読みふけっていた。勤勉なのは良いことだ。俺に気づいた春奈ちゃんは、あっと声をあげておかえりと声をあげた。それに軽く手をあげ答えて、鼻歌を歌いながらフライパンを菜箸でつつく母さんに視線を向けた。えらい上機嫌だけど、何かあったのだろうか。


「ただいま母さん」
「…あっ、おかえり莢君!」
「幸せオーラ全開でどうしたの」
「うふふ、それがねえ」


ちら、と母さんはまた教科書を穴が開くほど見つめている春奈ちゃんに視線を向けた。つられて顔を向ける。すぐに視線を戻すと、母さんはにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべた。


「もう、可愛くって」
「そう」


くっだらない。春奈ちゃんが可愛いのに関しては否定しないけど。まあもともと感情が表に出やすい人だしな…と日ごろの彼女を想像してため息をつき、野菜炒めを皿に盛る母さんをほうっておいて居間のソファへと身を預けた。読書に没頭していた妹が此方に気づく。


「莢君?」
「面白い?それ」
「うん!」


そう言って頷く彼女が今見ているのは算数の教科書だ。数式でうめつくされたそれに面白い要素がはたしてあるのだろうか。そうは思っても、当の本人は非常に楽しそうなので、深くは追求しないでおく。自分だけに買い与えられたものを喜ばしく思う気持ちは、俺もよくわかるから。名前を書いて、指紋でべたべたにして、ページのはしを折ったりして、そうして、自分だけの教科書が出来る。落書きだらけの教科書は自分が頑張った勲章だ。大切にしろよ、そう呟いて彼女の頭を撫でると、春奈ちゃんは満面の笑みで頷いた。


「そういえば、学校はどこにしたの?」


ふと疑問に思った問いに答えたのは、野菜炒めをぱくぱく口に運んでいた母さんだった。母さんの味見はもはや食事の域まで来ている。ピーマンを咀嚼して、菜箸を宙で浮遊させた。


「んーと、雷門小よ」
「雷門か。帝国じゃないんだ」


少々意外だと思った。母さんの事だから、てっきり俺と同じ帝国の初等部に転入させるかと思ったのだ。「だって、春奈ちゃんに帝国の制服は似合わないじゃない」次いで告げられた母さんの言葉に、それもそうだと納得をする。有人君が着ている制服を想像で彼女にも着せてみるが、まったくもって似合わない。春奈ちゃんは教科書を開いたまま、「私は」と声をあげる。


「私は、莢君と一緒が良かったんだけどね」
「…聞いた?莢君。兄想いの良い子じゃないの」
「茶化すな母さん」


にたあと笑む母さんに再びため息をついて、今度は春奈ちゃんに笑みを向けた。彼女が来てから何度目かの笑み、最近は、わざとらしい感じはなくなったらしい。「学校楽しみ?」「うん!」ちょうど良いタイミングで玄関のチャイムがなって、俺と春奈ちゃんは父さんを迎えるために二人で廊下をかけた。


おかえりなさい




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