からんからん、持っていたコップを少し動かすと、氷がガラスに当たる音が響いた。 特に何も考えずにその氷を口に含むと、すでに大分小さくなっていたそれは綿菓子のようにじゅわっと消えていく。 長期休暇を与えられたって、私には何の用事もない。 なので、この期間はただの苦痛でしかなかった。 部活に入っておけば良かったのかなあ、とは考えるけれど、我が家はそれなりに帰宅時間にうるさいので、それも儘ならないだろう。 退屈。 ふああ、と欠伸をしてごろんとベッドに横になった。 このまま昼まで眠ってしまおうか。 そう考えたとき、私の提案に却下をするように携帯電話が着信メロディを奏でた。 体を起こしてテーブルに置いてあるそれに手を伸ばす。秋からだとばかり思っていた私は、ディスプレイにうつった文字に少なからず驚いてみせた。 『風丸君』。 そういえば、クラスメートである彼とは電話番号を交換した中だったっけ、と随分前の記憶を呼び起こす。 特に親しくない彼にそれを聞かれたときは何も考えずに承諾をしたけれど、それから電話を受けたことは一度もなかった。もちろん、かけたこともない。 ピ、ボタンを押して耳に近づける。 「もしもし」 「みょうじ。俺だけど」 「風丸君でしょう?知ってる。何か用?」 「今度、他校のサッカー部との試合があるんだ」 そういえば彼は、サッカー部に所属していたな。心の片隅でそんなことを考える。 あんなに弱小だった部が急成長を遂げているのは記憶に新しい。 私も幾度か彼らの練習を見たことがあった。 「そう。頑張ってね」 「ああ。…それで、その試合を見に来て欲しいんだ」 「私が?」 少し予想外の言葉だった。なぜ彼は、見ず知らずの私にそういったことを頼むのだろう。 それでも先ほども述べたように私は暇なのであって、彼のこの提案は渡りに船といったところだった。 「良いよ」 「そうか、ありがとう」 「でも、どうして?応援が欲しいのなら私でなくても良いでしょう」 応援がないと士気に関わる、たとえそういう事情があったとしても、現在人気急上昇中のサッカー部にはファンがたくさんいる。部員のファンクラブもあるという話だ。ろくにサッカーを知らない私よりも彼女らの方がよっぽど良いのではないか。 「いや。お前じゃないと駄目なんだ」 「…よくわからないけど」 「分からなくていい。…それで、当日、俺達が勝ったらお前に伝えたいことがある」 「今じゃあ、駄目なの?」 「駄目だ」 それから二、三言葉を交わして電話は途切れた。無機質な携帯電話を握り締めながら、ディスプレイを穴が開くほどに見つめる。 「…退屈はしなさそう」 少なくとも、部屋でごろごろしているよりかよっぽど有意義な時間を過ごせそうだ。…と、そういえば期日を聞いていなかった。私は通話履歴から彼の名前を探し、ボタンを押した。 ドキドキドキドキ、心臓の音がわずらわしい。携帯を握り締めて、俺は思い切り息を吐いた。っはー、緊張した。 思えば、俺が彼女に電話をかけたのは初めてだ。当たり前、何の用事もないのに電話をかけるだなんて、そんな難易度の高いことが出来るわけがない。けれど今回は用事があった。 まさか彼女がOKしてくれるとは、思っていなかった。…いや、NOと答えて欲しいというわけではないが、見ず知らずの、ただ電話番号を交換しただけの俺の頼み事を聞いてくれるなどとは。さっきの事を思うと汗がだらだらと流れた。変に思われてないと、いいけど。 今度の試合。勝ったら俺は、彼女に告白する。もう、見ているだけなんて嫌なんだ。だから。勝ったら、という条件をつけたのは、自分に対する戒めのようなものだった。 ソファに身を預ける。真っ赤な頬をおさえると、外の暑さに負けないくらいの熱を帯びていた。 (恋する純情少年と退屈少女) (どきどきする心臓を落ち着かせていた少年が少女からの着信を見て再び慌てふためくまで、後数秒) |