ああ彼女が泣いている。気丈な彼女が、泣いている。私でさえそんな感情にさせた事はないというのに、やはり彼女の中に巣食っている彼への思いは半端なものではないというのか。嫉妬。そんな風に想われているなんて。ずるい。そう思ったから私は戦争を仕掛けた。彼女の思いを一心に受けながら、それを拒絶するあのイヴァンを。 「酷いわ…なまえ。」 かの地にナターリヤは現れた。彼女の纏う可愛らしい服が少し血に塗れていた。彼女は恐らく私の民を傷つけた。…ああ、でも良いの。あの子に殺されるなんてきっと私の民も誇り高いでしょう。だってそうでしょう?あの子は普段、この国なんて見向きもしないのよ。それならば少し、ほんの一秒くらい相手にされるのはとても素晴らしい事ね。 静かに涙を流しながら私に剣をつきつけるナターリヤ。そんな無粋な道具しまってちょうだい。私は貴女と話がしたいの。 「何が酷いのかしら。」 「兄さんを…兄さんを…!」 感情が高ぶって、思わず剣を落とし私に掴みかかるナターリヤ。自国の民が私を助けようと動いたけれど、私はそれを笑う事で止めた。例え民でも、私達の邪魔はさせない。 兄さん。イヴァンの事ね。私はイヴァンを攻撃した。不意打ちだったようで彼はとても弱かった。ええ。この私がトドメをさせるくらいに、ね。でも私はそれをしていない。だってそんな事したら、ナターリヤは私に見向きもしないもの。 「交換条件よ。」 私の首を絞めているナターリヤに、そう言った。声なんて掠れるものか。だってこの子、とても弱いんだもの。支えとも呼べるべきイヴァンが私の所にいるのだから。じゃなきゃ今頃この子は私を殺しているわ。 「貴女が私と結婚すれば、貴女のお兄様は助けてあげる。」 絶望ともとれるような表情に変わった。手の力が緩む。ごつごつとした地面に押し倒されながらそう言いナターリヤの頬を撫でる。彼女はそれを振り払う事もせず、ただただ私を見ているだけ。 「…ほんとう、に。兄さんを、」 「本当だって言っているでしょう?だけど貴女が私に嘘をついたら、私はイヴァンを倒しちゃうかもしれないわね。」 ナターリヤは私の首から手をのけた。瞳には私しかうつっていない。なんて幸せなんでしょう! 「ナターリヤ。愛してる。」 「私も、愛してるわ。」 混濁した世界 (貴女の叫び声なんて、聞こえやしないわ) |