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(NOT国)


クラスメートから告白された。そりゃあ確かにクラスでは一番仲が良かった。宿題の写しあいしたり、賭けしたり、一緒に文化祭まわったり、周りから見れば、とっくにそういう関係だと思われていたのかもしれない。でも、私は彼を親友だと思っていたけれど、恋愛感情を抱いているわけではない。それに。…でも、断って今までの関係が壊れてしまったら、というのを恐れ、返事は保留にしておいた。今まで仲が良かった異性の友達から告白されて、断ったらだんだん疎遠になった、という話を、先輩から聞いたことがあったからだった。正直、私はそんなことしないと思うし、向こうもそんな気はないのだろうけれど、もしも、という不安が頭をよぎってしまう。先延ばしにしておくとかえって断りづらくなるかもしれないけれど、今の私には残念ながら良い案は浮かばなかった。


帰り道、重い思いを背負いながら足を進める。手には鞄と、有名なケーキ屋さんのケーキ。気まぐれで買った、美味しそうなショートケーキだ。私と兄さんの分。明日からクラスメートとどう接しよう、と悶々とさせながら見慣れた玄関のドアノブを回した。心なしか、ドアノブも重たかった。ただいま、という言葉に返事はかえってはこなかった。兄さんはまだ帰宅していないのだろうか。でも、それなら仕事の遅い親がいない今、鍵が開いている筈ないし。地面に目を向けると、靴は二足あった。ひとつは兄さんの、そしてもうひとつは、良く見慣れた、兄さんのクラスメートである湾さんのものだった。


湾さんはご近所に住んでいて親同士仲が良く、私にも優しく接してくれる。友達が少ない兄さんに度々遊びにきてくれるし、そんな彼女が来てくれるのはとても喜ばしいことだった。喜ばしいこと、そう、うれしいこと、そのはずだった。


私は居間のソファに鞄を置いて、そのまま台所に向かった。買ってきたケーキを取り出して、皿に移し返す。美味しそう。階段を上がり、兄さんの部屋のドアをノックして、「失礼します」と言ってノブを回した。案の定、部屋の中には仲良く勉強をしている二人がいた。小さなテーブルをかこうように、くっつきあって。それを見て少し、ちくりと胸が痛む。


「あ、なまえちゃん!」
「こんにちは、湾さん。これ、さしいれです」
「わあー、ありがとう!」
「なまえ、ありがとうございます」


二人の言葉ににこりと微笑みを返す。「いえいえ。湾さん、これからも兄さんと仲良くしてくださいね」本心からの言葉を返せば、彼女はえへへ、と頬を緩ませた。同姓の私でも、可愛いな、と思える笑顔。美しくて、かわいらしい彼女は、兄さんには勿体無い気がした。


「かわいいなーなまえちゃん。私、名前ちゃん妹にもらいたいな。毎日愛でたいよ」
「…湾さん、それはつまり、あの」


まるで遠まわしなプロポーズ。兄さんが若干頬を赤らめてもごもごと呟くと、自分でもようやく意味を理解したのか、湾さんはぼっ、と頬を真っ赤にさせた。「ああ、えっと、私、その」パニックに陥った彼女を見て、薄く微笑む。


「私、湾さんならおねえちゃんって呼べますよ」


兄さんが照れ隠しからか、私の名前を呼ぶ。でもそれより先に、私はくるりと踵を返して再びドアノブを捻っていた。ばたん、私と彼女らを隔離する音が聞こえる。わずかに漏れ聞こえてくる彼女らの声に、胸が締め付けられた。


自室のベッドに身を預ける。夕方ということもあり外は暗かったけれど、電気をつけようとは思わなかった。ああ、さっきの私はおかしかっただろうか。自己嫌悪にかられる。


祝福、しないといけない。ただでさえ不器用な二人の恋、妹である私が手伝わないといけないことなのに。さっきだって、もっともっと上手く立ち回って、それとなく二人を良い雰囲気にしたてあげるのが、私の仕事だったのに。ただ、隣から聞こえてくる声からすると、今もそこまで悪い雰囲気ではないようで、それが、少し、うれしく。うれしく、思えた?


いつだったか、私が彼女を好いてしまったのは。私が彼女を、そういう感情で、見てしまうようになったのは。随分前のことのように思えるし、随分最近のことのようにも思える。私は彼女を愛していた。そう、女の私が、女の湾さんを、愛していた。


それでも、だめだった。湾さんは兄さんを愛している。兄さんも、湾さんを愛している。湾さんがこの家に遊びにくるのは兄さんに会いたいがためで、兄さんがおしゃれに気をつかうようになったのは湾さんに釣り合うため。二人とも美男美女カップル。みんなが祝福してくれる。そう、みんなが。私も、祝福してあげる。不器用な二人の恋を、精一杯、祝福して、応援して、そう、私は、二人の、キューピッド。



それなのに、矢を放つ指はとても震えている。



寝返りをうつと、壁紙もついていない、真っ白な壁が目にはいった。壁一枚隔てた私と二人の距離は、近いようで、遠い。今私は二人のことを思っているのに、今二人は、私のことではなく、お互いのことを思っている。傍観者って、そんなもの。


「気持ち悪い、のよ」


そう、気持ち悪いのだ。女が女を好きになってはいけない。世間でも、異端なんだ。あきらめたら、すぐに、楽になれる。


私は体を起こして、テーブルの端においてあった携帯を手にとった。アドレス帳から電話番号を呼び出し、電話をかける。「香くん?私」「…うん、うん。そうなの。私からも言うね。付き合ってください」これで皆幸せ。

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