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根拠なんてないのに彼は、大丈夫だと言った。何が大丈夫なの、と私は問い掛けた。ぼろぼろな意匠が網膜に焼き付いて離れません、ああ、痛いです。どうやっても鍛えることのできない心が、痛いです。


「さようなら」
「さようならってなんなんですか」
「…なまえ」
「ねえ、ねえ、さようならってなんなんですか」


彼の為に摘んだ花束が手からこぼれ落ちて風に飛ばされた。視界の端にうつっていたそれは、私たちという存在に気がつかない人間たちの足に踏まれてしまい、見る影もなかった。万物は脆くはかない。それは私も、彼も同じ。


「神聖ローマ」
「なんだ」
「私、あなたのことが大好きでした」


震えた声はそれでも彼に伝わったみたいで、ふわり、優しい微笑みを返してきた彼の頬は濡れていた。私もきっと濡れているけれど、さわって確かめるほどの勇気はない。


「神聖ローマ」
「なんだ」
「キスしてもいいですか」
「ああ」


そっ、と近づいて手を絡める。私より少し背の高い彼にあうように背伸びをして、私は白い頬に唇で触れた。「なまえ」「はい」「キスしてもいいか」「ええ」彼は私の唇に触れた。びっくりして目を開けると、彼はいたずらっぽく笑っていた。


叫び声、喧騒、足音、赤ん坊の金切り声。そんなまわりの雑音も今だけは聞こえない。私は、彼に呼応するように、無理矢理微笑んでみせた。演技が下手な自分を、初めて嫌だと思った。


初めてのキスは涙の味がした



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