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(百合)




シナモンの甘い香が辺りに漂う。私は今しがた出来上がったクッキーをテーブルに並べると、包装し始めた。これがアントーニョさん。これがロヴィーノ君。これが…


「なまえ!」
「うわ、…べ、ベルさん!」


不意に後ろから抱きつかれ、私は思わずよろめいた。真っ赤になって「放してください!」と喚く私に、ベルさんはフフフと笑った。


「相変わらず可愛いなぁなまえ。」
「ベルさんの方が可愛いですよ…。」


ため息をついてそう漏らせば、ベルさんは「そんな事ないで?」と言う。そしてテーブルにある、3つの包みに気がついた。その内の1つ、淡い桃色の包みを持ち上げ、首をかしげる。


「なんやの、これ。なんかええ匂いするけど。」
「クッキーですよ。さっきまで作っていたんです。」
「へえ!…勿論ウチには、」
「ありますよー。それ、貰っていただけます?」
「勿論や!」


嬉しそうにぎゅう、と包みを抱きしめるベルさん。その様がとても可愛らしくて、私は思わずくすりと笑った。残り2つの包みを指差し、「誰に渡すん?」と聞かれる。その2つにリボンをつけながら、私は答えた。


「ロヴィーノ君と、…アントーニョさんに。」
「…ふうん。」


2人の名前を言った途端、あからさまにベルさんの機嫌が悪くなったような気がした。あれ、どうしてだろう。私の見る限り、彼女等は仲が良い筈だったのだけれど。ベルさんは私の手から2つの包みを取り、にこり、と笑った。


「これ、ウチがロヴィーノ達にあげといてやるわ。」
「え?そんな、悪いですよ。」
「いいんよー。ウチどうせこの後あいつ等んトコ行くし、ついでやついで!」
「そうですか…ありがとうございます!」


ベルさんなら絶対に彼等に届けてくれるだろう。そう思い私は笑みを浮かべた。ロヴィーノ君はともかく、その…アントーニョさんに手渡すのはなんとなく恥ずかしかったし。アントーニョさん達の家の方へと向かうベルさんに手を振って、私はキッチンの後片付けをはじめる事にした。





なまえ可愛かったなぁ。彼女の笑顔を思い出し、ウチは1人によによ笑みながら歩く。手には3つの包みを持ちながら。

なまえには悪いけど、ウチはアントーニョとロヴィーノにこの包みを渡すつもりはない。断じて、ない。これはウチ1人で全部食べるつもりだ。なまえの手作り、なまえの想いがこもったクッキー。酷いと思われるかもしれないけど、仕方が無い。なんたってウチの想い人であるなまえはウチじゃなくてアントーニョが好きで。こんな時くらい、1人占めにしてもばちは当たらない筈。

まあそうは言っても、何れはなまえの想いも自分の物にしてみせる。あんな顔の緩みきったトマト野郎に渡してたまるか。

クッキーを口に運ぶ。甘い甘いそれは、彼女の唇と同じくらい魅力的なものだった。


美味しいクッキーいかがですか?
(まあ、誰にもやるつもりはないけどな!)


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