「……来ないで。」
たったその一言で、私たちの全てが崩れ去ったんだ。
私は幼い頃、体が弱かった。今と違って体力も無く、戦闘なんて到底出来なかった。昔は世界が不安定だったから、秩序が良いとは言えなかったんだ。身勝手な人間たちやポケモンが襲ってくることも度々あった。
でも、私には守ってくれる双子の兄がいた。いつも全力で守ってくれた。いつも私は無傷で、兄ばかりが傷ついて。そんな兄を見ていたら、自分も強くなりたいと思うのは当然だ。
そのことを兄に言った時、兄に酷く叱られた。でも、記憶にあるのは叱られたことでは無くて兄が泣いていたことだ。
「おまえは、体が弱いんだから私が守るんだ。私がどうなってもおまえだけは守るから、だからおまえは強くなくていい。」
間違いなく泣いていた。その頃の私に兄の涙は理解出来なかった。そう、あの時気付いていれば良かったのに。
いつだったろうか。兄の目を盗んで私は一人で森に行った。その時、油断しきっていた私は人間たちに襲われた。もちろん勝てる訳がない。いくら伝説と呼ばれる生き物だとしても、子どもでしか無かったのだから。
殴られて気絶していたのか、意識が戻った時には周りは真っ赤な血の海だった。あれは今でも忘れない。
顔を上げると、兄の顔が近くにあった。私は抱きかかえられている。私に気づいたのか、兄はにっこり笑ったんだ。不気味なほどの笑顔だった。
「おまえを傷つける奴らに生きる資格なんて無いんだよ。大丈夫、私がみんな殺してあげるから。だから、勝手に私の前から居なくならないで。私を一人にしないで。」
その日を境に、兄はおかしくなっていったんだ。
兄は私から離れなくなった。私は兄が大好きだったから、ずっと一緒だと言われて喜んだ記憶がある。だけど、幼いながらに兄の異変に気づいていたのかもしれない。
あれから襲ってくる人間たちは兄によって全て殺された。前はそんなことはしなかったのに。兄はどこか、楽しんでいるようにも見えた。
いつしか私はそんな兄に恐怖心を感じるようになったんだ。
そして、あの日。
私は言ってしまった。
「……こ、来ないで!」
返り血で染まった兄に、狂気を感じた。私の中には、兄に対する恐怖しか無かったんだ……。
私のその言葉が兄の精神をつなぎ止めていた何かを、壊してしまった。
私のために戦って、傷ついて、狂っていってしまったのに。
私は兄を拒絶した。
その先はよく覚えていない。目が覚めると見慣れない場所で、自分を覗きこむ創造神がいた。話を聞くと、私は大怪我をして倒れていたらしい。その場所に兄は居なかった。
怪我が回復して、私は兄と二人で暮らしていた場所に行ってみたが、兄の姿はない。それから1年くらい兄を探し回ったが見つからなかった。
あの日から、何百年経っただろう。兄がなるはずだった地位に私はいる。周りには喧嘩ばかりする奴らがいて、よくわからない宇宙の奴がいる。兄に、会いたいとは思わない。兄に対して、今は恐怖しか感じることが出来ないから。逃げているだけかもしれないが、私は……私は今の仲間を、幸せを守りたい。守られるのではなく、守りたいんだ。兄がいたら、私は今の幸せを手にいれることは出来なかっただろう。だけど、兄がいなかったら私は今を生きていなかったらかもしれない。
……兄をあんな風にしたのは間違いなく私だ。兄は私に執着し、依存していた。私を守ることを、生きる意味としていたのかもしれない。後悔はしている。でも、それでも私は……。
「辻風ー!! た、助けてくれー!!」
「待てよ!! 逃げるなクソ陸奥ぅぅぅうう!!!」
「ひぃぃ悪かったって言ってるだろ!?」
「知るか!! 波乗り波乗り波乗り波乗り波乗り波乗り波乗り!!!!!」
「ぎゃああ……。」
ほら、また喧嘩して……。懲りないなあこいつらも。
「お前らーそれ以上ふざけると逆鱗なー。」
「「……ごめんなさい。」」
二人はとぼとぼ歩いて行ったけど、どうせすぐに喧嘩するんだろうな。
こんなくだらない毎日が楽しくて、私は今幸せだ。ずっとずっと続けばいい。
生きているかもわからないが、兄は再び私を見つけ出すだろう。そうしたらきっと、傷つくのは私の仲間たちだ。そんなことさせるものか。
「……私は守ってみせる。あなたに邪魔はさせない。邪魔をするなら私はあなたと戦うよ、我嵐。」
昔話はこの辺にしておこうか。少し陸奥たちが割り込んだが、あいつらは仕方ない。ああ、また陸奥の助けを求める声が聞こえる……まったく。やっぱり逆鱗してくるか。
長い昔話だったが、聞いてくれてありがとう。では、またどこかで。
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