変態注意報 お題消化

変態注意報 番外編
1 sideリン



火の国の国境沿い、木の葉の里からはのんびり歩いて約三日ほどの場所に、眠らない街がある。
通称、花の街。


「この春に入ってからもう三人だ。困るんだよ、さっさと見つけてきておくれ」


私は今回、その花の街へ任務のために訪れていた。
依頼者は街の妓楼の遣手婆。
忽然と姿を消した妓女達を探して連れ戻してきてほしいとのことだった。


「でもそうは言ってもねおばあさん。妓女の足抜けなんて珍しいことでもないでしょう。私たちの仕事の範疇とは言えないのでは……」


隊長であるカカシ先生が遣手婆にそう言う。
任務を受注した時から疑問だったらしいが、やっぱり納得いかないみたいだ。
忍の任務は多種多様。迷子猫探しに畑の手伝いまでなんでもござれだが、逃げ出した妓女を探せとは、たしかにこれやいかに。お国のためでもなんでもない、非人道的とも言える所業じゃないか。
大体そういうことの対処も兼ねて、妓楼ってのは用心棒だのなんだのを雇っているはずだ。こんなことでいちいち忍が借り出されてたらたまったもんじゃない。


「足抜けじゃないよ。そんなことでわざわざあんたらに高い金払ったりするもんか」

「じゃあ一体なんなんですか?」


遣手婆が出してくれたうっすいお茶に気持ちばかり口をつけながらそう尋ねる。遣手婆は忌々しげにふんっと鼻を鳴らした。


「あの子らはね、連れてかれたんだよ。竜宮城に」

「「竜宮城……?」」


世の中のあらゆる辛酸を舐めてきたであろう婆から出た、思いもよらぬかわいらしい言葉のセレクトに私もカカシ先生もつい間抜けな声を漏らした。


「連れてかれた子たちはみんなこれを部屋に置いていた」


そう言って遣手婆が机の上に置いたのは、ガラス製のかわいらしい金魚鉢だった。
中身は既に捨てたのかなんなのか、空っぽだ。


「ここの北に大きな湖があってね。その湖の水を汲んで鉢に入れ、その鉢で湖に住む稚魚を飼えば、いつか竜宮城から迎えが来るっていう……まぁ、妓女の間で昔から言われている、おまじないみたいなもんがあんのさ」

「はあ……」

「竜宮城ってどこにあるの?」

「んなこた知らないね。実際のところこのまじないは、妓女にとって男の愛を試す児戯なのさ。妓女は自由に湖になんか行けやしない。だから男に頼むのさ。私と竜宮城に行きたかったら湖に行ってきて、ってね」

「なるほど!金魚鉢は愛の証なんだ〜……え、じゃあ……」

「やっぱり妓女は男と駆け落ちしたのでは?」


そうなるよねぇ。愛しい人とは一緒にいたいもんねぇ。


「いんや、消えた女たちの想い人の所在は全員わかっている。どいつもこいつも、女が消えたと聞いて真っ青な顔をしていたよ」

「あら」

「大変!好きな人を置いていなくなるなんて!ありえない!確かにこれは誘拐に違いない!」

「……まぁ……世の中そう単純でもないけどねぇ……」


なんてこった。
妓楼から逃げた妓女を連れ戻せなんて、当然気乗りしない仕事だったけどこうなれば話は別だ。
想い人と引き裂かれてしまった女性の安否が心配でならない。


「他に部屋に金魚鉢を飾っている妓女はいますか?」

「ああ……ここらの妓楼じゃあ部屋に鉢がない女を見つける方が難しいだろうね」

「え……それでは今回の失踪の件とその金魚鉢やおまじないは、そもそも関係ないのでは?なぜ竜宮城に連れていかれたなんて……」

「……この鉢も、もともとは稚魚が泳いでいたんだ」

「捨てたの?」

「いなくなってたのさ。女と一緒にね」





「とりあえず、消えた女たちの客を当たってみますか?」


遣手婆との話の後、別の妓楼で聞き込みをしていたシカマル、サクラと合流した。
そして合流後のシカマルの開口一番のセリフがこれだ。竜宮城からのお迎え説はシカマルの中では薄い線なんだろうか。


「シカマルは女の人達はやっぱり駆け落ちしたと思ってるの?」

「どうだかな。妓女たちの本命だと思われてた客は、顔面蒼白で今も自ら妓女を探してるそうだが……。別に女の方に、いざとなったら頼れる男が二人や三人いたっておかしくないだろ」

「本命が本命じゃなかったってこと!?それとも浮気!?」

「んなこたわかんねーよ。じゃあお前はどう思ってるんだ」

「え……普通に、金魚鉢で買ってた稚魚が育ててくれた恩返しに竜宮城へ連れてったんだと思ったけど……」

「それの何が『普通』なんだよ」

「故郷の湖から勝手に連れ出されて狭い鉢に入れられて、それが恩になるかしら」

「……!たしかに。じゃあ恨みによる犯行?」

「魚目線で語るな。正気か?浦島太郎が亀の背中に乗って移動するのはまぁ理解したとして、そんな金魚鉢サイズの魚に一体何ができるってんだ」

「でも、だってそうじゃないと、鉢から魚がいなくなってる意味がわかんないじゃん」

「意味があるとは決まってねぇ。大体魚がいなくなったタイミングが、本当に女の失踪と同じタイミングなのかもわかんねーだろ。とっくに死んで捨てられてたのかもしれねぇ」

「それは……」


シカマルの言う通りだ。
だけどその魚って、女の人達にとってはきっと大事なものだったと思うの。愛する人と、いつか一緒になろうって交わす約束みたいなものでしょう?
それを彼女たちが粗雑に扱うとは思えない。
たしかに竜宮城は現実的な話じゃないけれど……私はその、彼女たちが大切にしていたであろう稚魚の行方がどうしても気になる。


「まぁまぁ。何せまだまだ情報が足りないんだ、ここで言い合ってても仕方ない。上手くいくかはわからないけど、一度助っ人を呼んでみよう」


それからカカシ先生は口寄せの術で忍犬、パックンを口寄せした。
「幸い妓女が失踪してから雨は降ってないんだけど」と、妓女の持ち物の匂いを嗅がせる。
けれどパックンは首を横に振った。


「だめだな。この妓楼の外にその女の匂いは無い」

「どういうこと……?」

「匂いが消えているか、女は妓楼から出ていないか……」

「さ、さすがに妓楼の中に隠れてるってことはないわよねぇ……?」

「じゃが……何か、気になる匂いがする。ここから北に向かって続いていく……水の匂いじゃ」





結局私たちは北の湖にたどり着いた。
湖そのものにも周辺にも特になんらおかしなところはないが、パックンは妓楼から続く匂いはこの湖で途切れていると言う。


「逆なんじゃないの?妓楼から湖に続いているんじゃなくて、湖から妓楼に続いているんだわ。きっと魚を鉢に移した人が……」

「しかし、その鉢を持ち歩いたぐらいで水の匂いが地面に残るとは思えないが……」

「ここで泳いだ人がずぶ濡れのまま妓楼に行ったとか?」

「意味はわからんがそれに近い状況じゃろう」


泳ぐにはまだ寒い季節だけど、まぁそういう変わり者がいないとは言い切れないだろう。
湖の水はとても澄んでいてきれいだ。泳いでいる魚がしっかり見える。この子達はどういう魚なんだろう。魚なんて詳しくないからちっともわからない。鯉?フナ?


「手がかりなのかどうかもよくわからない話だな……」


カカシ先生が困ったように頭をかいた。
そしてシカマルが無慈悲に言う。


「よし、リン。潜って様子を見てこい」


えーん、やっぱりそうなる?
まぁこの面子なら私だよなぁ……


「上手に溺れるから人工呼吸してね」

「沈めて帰んぞ」


寂しさに凍える心を奮い立たせて入水した。
湖は中心部に行けば行くほど深さが増していて、最深部は一見想像がつかないほど深い。
底に辿り着かない内に、息がもつか心配になって引き返したほどだ。
もし妓女たちがここに身を投げたとかなら、見つけるのは難しいかもしれない。

それにしてもきれいな湖だ。色とりどりの小さな魚たちの姿がはっきり見える。
しかもまるで懐いているかのように魚たちが寄ってくるので、私の周りは常に魚まみれだった。

岸に上がる際には、そのうちの一匹を湖から掬い上げた。
特になんの抵抗も逃げる素振りもなく、あっさりとその子は私の手のひらに収まった。
青い体がきれいな小さな魚だ。


「サクラー、金魚鉢とってー」


私は稚魚を鉢に移した。
たっぷり湖の水を入れてやれば、その子は優雅に鉢の中を泳ぎ回った。


「んなもん収穫してどうすんだ。他に成果は?」

「ただのきれいな湖だったよ。……だけどこれってどうやってできた湖なんだろうね?めちゃくちゃ深いよ」

「底は確認できたか?」

「ううん。多少準備がいりそうかなぁ」

「そう……じゃあまぁ、日も暮れるし今日は一旦引き上げますか」


あ、溺れとくの忘れてた。




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