変態注意報 番外編
6 sideシカマルあの馬鹿がなんでこの魚の口寄せの術式を知っていたのか甚だ疑問だが、契約もなしに術を使うなんて、ほんとに向こう見ずというか無鉄砲というか考え無しというか。
しかもリンが提示した契約の条件ははっきり言ってめちゃくちゃ重い。これまでと同じように忍を続けていけるのか、生命線に関わる問題だ。
だけどリンは引き止める俺も無視して、宙を泳ぐ魚と血の契約を交わしてしまった。
これでは双方の同意の上で契約を解除するまで、リンは契約に縛られ続ける。
戻る手立てに困っているとはいえ、そんな負担を強いるつもりなんて微塵もなかったのに。
勝手ばかりのリンを睨んでやれば、俺の言いたいことは全部わかっていると言うような苦笑が返ってきた。
……何しろここで言い合ったって仕方ない。今はとにかく帰ることを優先させよう。
「サカナちゃんの口の中って何人まで入るかな?はい、パクっ」
「きゃあああ!」
無邪気で躊躇のない指示によって、秋鈴さんが魚の口の中に消えた。
向こうの世界まで泳いで運ぶためだというのはわかっているものの、怖すぎる。消化されてないだろうな。
その後逃げ惑った夕顔さん花紫さんも魚の口の中に回収されたものの、口の端からは花紫さんの膝から下が飛び出していた。
「限界だね。私たちはサカナちゃんにしがみついて行こう」
またあれをするんだなと思うと気が重すぎたが、文句も言ってはいられない。
まぁ行きはわざと振り落とさんとするような勢いだったが、今回は違うと信じよう。
行きと同じように魚の体と俺とリンをロープで繋いだ。切らねば切れないぐらいしっかり結んだものの、カカシ先生はそれでもいなくなっていたし不安だ。あの人ならまぁ大丈夫だろうけど。
「よし、中の三人が酸欠になっちゃう前に急いでいくよ!」
魚に跨るリンの後ろに俺も跨って、そして肺にめいっぱい息を貯めた。
――ザブン
どこまでいっても澄んだ水。隣を泳ぐ魚の姿がはっきり見えた。今回は目を開けている余裕がある。
魚は湖をずんずん潜って進んで、岩場の洞窟のような場所に入った。
急に光が届かなくなった。これが向こうの世界と竜宮城を繋ぐワープゾーンのようなものだろうか。
少し経って、そのうち洞窟の外へ出た。光が差し込んではくるものの、ここが北の湖なのかまだ道半ばなのかはわからない。
が、俺たちの前には、ここが湖だとは到底信じ難い光景が広がっていた。
三頭で群れをなしてこちらを見る、
「――っ!?」
……鮫だ。
思わず叫びそうになるのを必死で堪えた。無駄にできる息は1ミリだってない。
なんなんだ、俺たちは海へ出たのか?湖が海へつながっていたのか?
鮫と俺たちは対峙するかのように向かい合って並んでいた。
こっちがいくらヘンテコ奇天烈魚とはいえ、どう考えても鯉VS鮫だ。勝ち目なんかあるわけがない。しかしさっさと逃げればいいものを、魚はその場に留まったままだ。
『血の匂いだ』
『美味そうな女だ。置いていけ』
『お前たちの生き餌にはもったいない』
「――がぼぼ!?」
今度こそ声が抑えきれなかった。
鮫がしゃべった――ような気がしたが、こんな海の中で声が聞き取れるわけもない。音波か?何か音ではない意思疎通の手段が奴らにある。しかも人間相手に通じるような。ただの鮫ではない。この奇天烈魚と同じ種類の生き物だ。
ちくしょう、ただの鮫ならまだどうにかなったものを。
パックンと同じような知性があるタイプであれば、断然向こうに地の利のある海の中でなんか戦えたもんじゃない。
とにかく逃げるしかない。そう思ってリンの肩を叩けば、リンは力強く頷いて……
……俺と自分を結んだロープを切った。
「ぼががががが(そうじゃねぇだろ)!!!!」
それから何か合図があったかのように、リンが魚の背から降りた瞬間、リンを置きざりに魚は猛スピードで泳ぎ出した。
咄嗟にリンの手を掴もうとするものの、すり抜ける。
「(リン!)」
三匹の鮫に囲まれながら、リンは小さく笑っていた。
打ち上げられるような格好で、そのまま魚は浜辺に躍り出た。
やはり俺たちがいたのは海だった。ゴパァッと吐き出された妓女たち三人が砂浜に転がって、荒い呼吸を繰り返している。窒息したやつはいないらしい。
それを確認してから、俺は再び海へ向かって走った。
そんな俺を、阻止するように魚の尾びれがぶっ叩いてきた。
「なっ…!ってめぇ、一体何しやが――」
――ザッパァァァン!!!
目の前の沖で、爆弾でも落ちたのかというような巨大な水柱が噴き上がった。
ぽかんと見上げる俺の視界の中で、方々に鮫が飛んでいく。
「これ……なんつー術だよ……」
てっきりリンはまた自分を人身御供に差し出したのかと思ったが、そんなはずもない。
単に俺たちがリンに守られただけのことだ。
「おい、リンのとこまで連れてってくれ」
先程俺をぶっ飛ばしたサカナに声をかければ、何も言わずに再び背に乗せてくれた。
なぜかはわからないがサカナはちゃんとリンに服従する気があるらしい。さっきのリンとこいつの意思疎通っぷりといい、これが即席バディだとは思えない。
俺はそこら辺を泳ぐリンを拾うような気持ちでいたが、サカナは先程の水柱のあたりで突然潜り始めた。
何事かと思えば、その進路の先には、確実に沈んでいきつつあるリンの体があった。
俺がリンの体を捕まえると、サカナは海岸へと進路を戻した。
リンは意識がなく、ぐったりと俺に身を委ねたままだ。
「リン!リン!」
岸へ上がって、リンの頬を叩くものの反応はない。
――いや、そもそも……息をしていない。
あわてて胸元に耳を当てた。……心臓は動いている。まだ間に合う!
死ぬな、絶対死ぬな……!
俺を置いてどこへ行く気だ、俺を守って一人で戦ったりしやがって!こんな突然一人で残されてみろ、俺は一生お前のことが頭から離れなくなるに決まってる!ありもしないお前の影を探すことに一生を費やすことになる!
そんな業を背負わせたいのか!お前は!俺に!!
俺は必死で人工呼吸を繰り返した。頭の中でめちゃくちゃに文句を言いつつ、戻ってこいと祈りながら。
「――げほっ」
水を吐いて、リンに息が戻った。
「ごほっ、ごほっ……し……死ぬかと思ったぁー!」
それだけで済ます気か。呑気なもんだ。俺が胸を撫で下ろす隣で、いつの間にかそばに来ていたサクラやカカシ先生も同じように長い息をついていた。
「あれ?みんななんか怒ってる?心配かけた感じ?ごめんごめん、チャクラがまだ回復してないと思って振り絞って術出したら思った以上に出力あったし、振り絞りすぎて泳ぐ体力なくなっちゃった。あははははは」
若干恥ずかしそうにそう言い訳をするリンに微かな殺意が湧いた。恥じて済むなら救助はいらない。
冷ややかな俺の視線を知ってか知らずか、リンはサカナを呼びつけて「助けてくれてありがとうね〜」と額を撫で回している。自分はサカナに救助されて、勝手に水を吐いて勝手に意識を戻したとでも思い込んでいるのだろうか。
「ねぇ……リンったら、あんたが人工呼吸して蘇生したなんてこれっぽっちもわかってないわよ。教えてやったら?」
サクラがこっそり俺に耳打ちしてきた。
「……なんでわざわざそんなこと。こいつを無駄に付け上がらせるだけだ」
本当に無駄だ、そんなこと。
傍にいられる偽物と、手には入らない本物と。
突然の事態に恋人を置き去る側と、置き去られる側と。
経験したことの無いそれらを想像しようとして相手役にリンが浮かんできたこととか、実際その場に立った時の自分が想像以上にダメだったこととか、そんなのは全部、俺だけがわかっていればそれでいい。
一人で勝手に無茶をするようなウルトラ自分勝手馬鹿を喜ばせてやるほど、俺は甘くない。
「まぁ……聞きたいことも叱らなきゃいけないこともいろいろありそうだけど、二人が無事でよかったよ」
そう言ってカカシ先生は、ガキにするみたいに俺たちの頭を撫でた。
……まぁ所詮、俺なんてまだまだガキなんだろうな。
◇ ◇
カカシ先生は赤い魚に掴まって竜宮城へ向かったあの道中で、すでにあの鮫達に気づいていたらしい。こちらが襲われる前に、ロープを切って囮を買って出てくれたようだった。言っても海中では分が悪いため、引き離した末に戦闘からはすぐに離脱したとのことだったが。
「わるかったな……俺があの時あの鮫たちを仕留めておけば、リンが溺れることも、大事なファーストキスをあやふやなものにするようなこともなかったのに」
後にカカシ先生はそう俺に謝った。あれがファーストキスでないことはなんとなく言えなかったものの、その勘違いは勘違いでなんか気まずい感じだ。
褒められたもんではないものの、リンがサカナと口寄せ契約をしたおかげで妓楼への今回の報告はスムーズなものだった。
実物を見せながら説明すれば、もう湖の魚を飼うのはやめろという俺たちの言葉に頷かない者はいなかった。
まじないを信じる女達を連れ去ることが難しくなって、魚たちは竜宮城の維持に困るようになるかもしれない。だけどサカナのあの従順な様子を見る限り、あの生き物たちと俺たち忍との共存は前向きに考えることができるだろう。
今もサカナはリンの呼び出しの有無は関係なしに自由にリンの傍にやって来ては、好きな時に好きなようにチャクラを食べて戻っていく。
最初の時みたいなバカ食いはしないし、食事の頻度もそう高くない。無茶苦茶な契約をした時はどうしたもんかと思ったが、割とコスパのいい生き物だ。
「あの鮫みたいにサカナちゃんもしゃべれたらいいのに」
まるで猫を愛でるようにサカナの顎を撫でながら、リンはそう言った。
しゃべるそいつも不気味だから、黙ってくれてる方がいいと思うが。
「あの鮫はしゃべってたわけじゃねぇ。水の振動を言語として変換できてたんだ。サカナ達だって、互いに意思疎通ができていたならそういう言語体系を持っていた可能性が高い。お前も、水中ならもしかしたらこいつの言葉が聞こえるかもしれねーぞ」
「あっ!そういえばたしかに……鮫に囲まれたあの時、別の声が聞こえた気がしたけど」
通りであの連携が取れていたわけだ。「あれはサカナちゃんだったんだね〜」とサカナを撫でくり回すリンは嬉しそうに笑っていた。
「私は相棒をゲットして、秋鈴さん達も本物の恋人のところへ帰れて、なんだかいいことしかない任務だったね!」
「……相変わらず能天気なやつだな」
妓女三人が実際のところどうしたのか、最後まで見届けたわけではない。
ただ、暗い顔で妓楼に戻ろうとする彼女らに、遣手婆はあんたらが帰ってくるとは期待していない、俺達も成果がなかったわけではないから、あんたらを連れ帰れなかったことで咎められるわけではないということを伝えて、途中で道を別れたのだ。
成果報告の際はある意味で竜宮城が天国であると勘違いさせないために、竜宮城は魚たちの餌場だと伝え、餌になった妓女達については既に手遅れだったと伝えたため、実際、遣手婆がそれ以上の何かを求めてくることもなかった。
彼女たちは竜宮城の見せる『理想通り』ではない恋人と、本当に幸せになっているのだろうか。
死人として生きていくために、恋人以外の人間関係は全て切らなければならないだろう。あの街や街のそばには当然いられない。それを恋人が受け入れて、応じてくれなければ、彼女たちはただ一人で何もかもを失うことになる。
現実がリンの言うように『いいことしかない』ものかどうかはわからない。
……けれど、
「……ところでシカマル、あのさ、私……実はシカマルと……キス……しちゃったの……!きゃー!」
「は……?お、お前、気づいて……」
「『ずっとお前とこうしたかった』とか言われてさ、確かに解釈違いではあったけど……めちゃくちゃかっこよかったぁ……!」
「……あ……?なんだそれ、偽物の俺の話だろ……」
「ねぇ、あれもう一回やってくんない?本物のシカマルからもう一回言われたいし、あのシカマルの唇は冷たかったけど本物はたぶんあったかいよね?確認させてよ、ねぇねぇ」
「……もう何回もしてるっつの、ばぁか。ウルトラばーか」
「へ?」
理想を捨てて選んだ本物が、理想を超える保証はない。
それでも、本物にしかない何かがあるのは確実なんだろう。
愛だとかなんだとか、難しいことはガキの俺にはわからねーけど。
その何か≠ェ彼女達にとって、できるだけやさしいものであることを願う。
「ねぇどういうこと!?キスしたの!?いつ!?ねぇ!!!!!!」
「うるせー。まじでお前ら七班と絡むとロクなことがねぇ。二度と呼ぶんじゃねーぞ」
「ふーんだ!呼ぶもんねー!指名しちゃうもんねー!できるだけ遠くまで行くやつ選んでいっぱいお泊まりするし、寝込み襲って唇の温度だって確かめてやるもんねー!!」
……俺にとっての本物≠ヘひでーもんだな。
それでもないよりはいいと思うんだから、厄介なことこの上ねーよ。
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