変態注意報 お題消化

変態注意報 番外編5
sideリン



「なんとなく、帰ろうと思えば帰れそうな手立ては思いついてるの」


私がそう言えば、シカマルは「ああ?」とがらの悪い声を出した。


「ならさっさと帰ってきやがれ!こっちが三日間どんな思いでいたと……!」

「三日?そっか、もうそんなに……」

「……どういうことだ」

「私の体感では、ここに来てからまだせいぜい数時間しか経ってないよ」

「!」

「ここはさ、まさに竜宮城なんだよ」


城の中にいた人達に話を聞いて、ここの時間の流れが向こうの世界と違うことついては把握していた。
だけど実際私にとっての数時間が向こうにとっての三日だったと聞かされたら、正直びびる。


「心配かけてごめんね」

「!……心配なんかしてねぇ」

「ええ……してたんでしょ……素直じゃないなあ……好き……」

「情緒どうなってんだ。つーか、わかってんなら尚更、なんで帰れるのに帰らねぇ?」

「秋鈴さんも夕顔さんも花紫さんも、みんな帰らないって言うから」

「消えた妓女達か……!全員ここにいるんだな?」

「うん」


幻のシカマルが消えた後、私はこの城内で情報を集めた。
最初に出会ったお姉さんが説明してくれた通り、城の中には大勢の人がいた。
その内、女のほとんどはあの花の街の妓女だった。
私たちが探していた秋鈴さん達なんかはまだここへ来て数日しか経っていないと言ったが、中にはもう何十年とここにいるという人もいた。今回はたまたま失踪事件が三件重なって起きたために原因究明がなされたが、これまでただの足抜けだとされてきた妓女達の中にも、ここへ無理やり連れてこられた者が多くいたということだ。

一方ここにいる男はみんな、そんな彼女たちの想い人だ。
向こうの世界では途方もない額の身請け金を積まねば一緒にはなれないと言う彼女らは、ここでなら何の障害も不自由もなく、共に暮らしていけるのだとか。

そう幸せそうに語る彼女たちに、私は本当のことなんて言えなかった。
その男たちはおそらく偽物で、本物は今も向こうの世界にいるだなんて。

彼女たちは今が一番幸せなんだ。だから遣手婆が探してようが、他の妓女達が心配してようが、それを伝えたところで当然帰るなんて選択はしない。
たとえここで浦島太郎になったとしたって。
どんな場所だって、どんな形であったって、愛しい人と共にいられるならそれでいいと、そう思える人達なのだ。

彼女たちが幸せなら、たとえそれが幻だとしたっていいのかもしれない。実際あのシカマルの幻はよくできていた。私にとってはちょっとした解釈違いはあったものの、いい具合に私の『こんなだったらいいのに』みたいな願望も反映されていた気がする。まぁだからこそ、現実とのギャップがあったんだけど。
あのギャップを受け入れて、あのまま幻に気づかなければ、今頃は私もさぞ夢心地だっただろうな。気づかずに幸せを享受できているここの女性達を羨ましくすら感じる。

しかしいくら彼女達がそれを望んでいるからといって、はいそうですかと簡単に引き下がってもいいものか。
……いや、依頼だし、もちろんよくはないんだけど。
かといって無理やり連れ帰るのも違うでしょ。


「――そんで悩んでたら、シカマルが来てくれた」

「……なるほどな」


シカマルのしてくれた話とも総合して考えるに、この城はあの魚たちにとっての餌籠なんだろう。ここへ囲われた女達は、想い人がいるために逃げ出すことも自死を選ぶようなこともない。幸福であるが故に健康に生きる彼女らは、どういう形でかはわからないが常に安定したチャクラを供給してくれる餌になる。……まったくもってよく考えられている。


「お前は幻の俺とここで生きていこうとは思わなかったのか」

「え」

「働く必要や、生きる努力そのものが必要ない世界で、ただ無条件に理想の俺に愛されて暮らしていけるんだろ。お前はそういう世界で生きたいとは思わねーのか」

「お、思わないよ!」

「なんで?」

「そんなの、本物がいいからに決まってるじゃん!」

「……まぁ、そうだよな。多分俺でも、そう思う」


そこでハッとした。シカマルは彼女らに、本当のことを伝える気だ。私が言えなかったありのままを。
だけど目の前の愛する男が偽物だなんて、今知ったところで不幸なだけじゃないの。偽物だと知った状態でここに留まるのも、向こうへ戻って、妓楼でまた源氏名を名乗りながら、いつになるかわからない身請けの日を待ち続けるのも、どっちも苦しすぎるよ。


◇ ◇


「あんた達の恋人は、今もあんた達の無事を祈りながら、心身をすり減らしてあんた達の姿を探し回っている」


シカマルは失踪者として捜索の依頼を引き受けていた三人の妓女、秋鈴、夕顔、花紫の三人だけを呼び出して、私が案じた通りのありのままの事実を彼女らに伝えた。

私にはこれが正解なのかわからない。ただ黙ってシカマルの傍に突っ立つしかできない。


「戻るべきだ。本当にあんたらが恋人のことを想うなら」


意外だったのは、今ここにいる恋人が偽物だと伝えられた時の彼女達に、さほど驚いた様子がなかったこと。
実はどこかで気づいていたのかもしれない。私がそうだったのと同じように。
愛する人のことだもの。些細なことからでも違和感は出るんだろう。

それでも、彼女達は最初の私の声掛けに乗らなかった。帰ると言わなかった。
幻でも偽物でもいいから愛する人のそばにいたいという、それが彼女達の答えなのか。
現に今も、シカマルの言葉には返事すらない。


「……もし俺だったら、」


俯く彼女達を見つめて、シカマルはぽつりと言った。


「俺が突然残された側だったら、一生納得できない。一生その影を追い続けることになると思う。……あんたらはそういう業を、想い人たちに背負わせるのか」


妓女達が顔を上げた。瞳には涙が溜まっている。

……シカマルの言葉にしては、少しらしくないというか、そんな感じがした。もしかしてまた偽物なんじゃないだろうな、なんて。


「……言うじゃないか。あんたにも、愛してる女がいるんだね」


涙を流しながらそう言って笑った夕顔さんの言葉が、なぜだかすごく胸に沁みた。

そうだったらいいなと思う。シカマルが『本物がいい』と考えた時、残された側の気持ちを考えた時、その想像の先に、もし誰かが……――私がいたら。少しでも、私を思ってそう考えてくれたなら――


「百戦錬磨のあんた達がこれを愛だって言うんなら……もしかしたらそうなのかもしれねーな」


――それは、泣いちゃうぐらい幸せだ。





三人の妓女達は、結局向こうへ帰ることを選んだ。
私はまだまだ甘かったのだ。なんならシカマルの方が上手だった。散々これまで愛を語ってきたのは私の方なのに、愛とはこういうものなのだと教えられてしまった。


「――で、だ。こっからは今のところノープランだぞ。お前の言ってた手立てってのはなんだ」


湖の上にかかる橋の上に、私とシカマル、そして三人の妓女が集まっていた。
他の女性達に声はかけていない。
時間の流れが大きく異なるこの場所で、数年も過ごしてしまった人たちは、十中八九、もう向こうの世界には居場所がないだろう。
ならわざわざ愛しい者の手を振り切って、地獄へ赴く必要も無い。
これは、シカマルのそういう判断だ。

身も蓋もないが、手遅れだと言ってしまえばそれはそう。
仕方のないこととは言え、助けられなかった女性達と残された恋人達のことを思うと、胸が痛む。
せめて、今回得られたこの情報を無事持ち帰ることだけはしなくては。


「……シカマルさ、空の巻物持ってる?」

「ああ、一つ持ってるが……」


何も書かれていない真っ白な巻物をシカマルから受け取って、紙を広げたその中心に手を翳した。

――念写の術

真ん中に『魚』の字。そしてそれを取り巻く独特の文様。


「口寄せの術式……?……まさか、お前……!」

「書庫で見たことがあったんだ。人喰い魚の口寄せの巻物」

「やめろ、契約のない一方的な口寄せは危険だ!」

「大丈夫、今から契約してみせる」


知ってはいるだけで一度も結んだことのない、慣れない印を結んで巻物の中心に手を翳した。

――口寄せの術


「……よかった」


巻物から立ち上った真っ白な煙が消えた後、目の前では大きな青い魚が優雅に泳いでいた。
知らない子が来たらどうしようかと思ったけど、やっぱり君が来てくれたね、サカナちゃん。


「サカナちゃん、わるいけど私はここにはいられない。帰らなきゃ」

「リン、離れるんだ」


クナイを構えたシカマルが私を背に庇ってくれた。男らしくてきゅんきゅんしちゃう。
サカナちゃんから特にリアクションはない。パックンのように会話ができるようなタイプではないらしい。


「サカナちゃん、私たちが帰るのを手伝って。……でなけりゃ今から、この竜宮城にいる人間を一人残らず皆殺しにするから」

「!」

「ひっ……」


私の背後にいる秋鈴さんだか花紫さんだかが小さな悲鳴を上げたのが聞こえた。自分もその一人に含まれているのがよくわかっているようだ。
サカナちゃんが脅しが通じる相手なのかどうかは正直わからない。だけど食料庫をぶち壊すと言われてるんだから、それで彼らが困るのは事実だろう。
サカナちゃんの表情はまるきりただの魚で、まったく読めない。ひたすらにゆったりと胸びれと尾びれをひらひらさせている様は、言葉が通じているのかどうかも危ういと感じるが、竜宮城というこんなシステムを作れるような生き物たちなのだ。侮っては足元をすくわれるに違いない。


「だけど本意じゃないよ。罪もない人を殺すのも、あなたたちを食糧難にさせるのも。……だからこれは提案。今から私の仲間になってくれたら、これから一生、私のチャクラをサカナちゃんの好きな時に好きなだけあげる」

「……はあああ!?」


「なに馬鹿なこと言ってんだ!」とぶん殴られかけたのをなんとかギリギリかわした。
ともすればこんな人身御供のような真似、当然シカマルは怒ると思ってた。
だけどこれを通さないと、正直向こうへ戻るのはきついだろう。


「絶対に悪いようにはしないよ。もし話に乗ってくれるなら、血の契約を」


サカナちゃんの背に飛び乗って、クナイで切りつけた手のひらを彼(彼女?)の口元に擦り付けた。
別に血の契約が服従の証なわけではない。サカナちゃんが私の話を聞いてくれるかどうかというのはまったくの別問題だ。賭けであることは間違いない。

相変わらずサカナちゃんから返事はなかった。だけどサカナちゃんが私を振り落とすこともなく、変わらないままでいること自体を、私は肯定の意と捉えた。


「――よし、行こう!」



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