変態注意報 お題消化

黙り込む俺のすぐ側では、サクラとカカシ先生が言い合いを続けていた。


「でも悠長にしていられないわよ!早く助けないとリンが溺れ死んじゃう……!」

「それもそうだが、せめて夜が明けないことには俺たちに潜水は無理だ。なに、きっとリンなら大丈夫だ。サクラだって知ってるだろ。普段から川の中で修行してるような奴だぞ」

「だけど……!そうだ!先生、この湖に電撃流してよ!そしたらあの魚も浮かんでくるわよ!」

「他の魚も生き物も全部死んじゃうけどね……あと下手したらリンも……」


サクラの焦りは最もだが、何分俺はカカシ先生からの叱責で多少は頭が冷えた。
リンの状況はもちろん不明だが、おそらく殺されはしないんじゃないだろうかと思い始めた。


「あの魚はおそらくリンのチャクラを吸い取って成長していた。人のチャクラを養分にしているんだ。なら今後もリンは、このまま生き餌にされる可能性が高いんじゃないか」


食事の都度、人を襲うような生き物ならこの地域ではもっと行方不明者が出ているはずだ。妓女とリンだけでは済まないだろう。
近頃になってそれが頻発したのはあの生き物の孵化か、成長のタイミングか何かが重なったからか。
もちろん希望的観測なのはわかっている。ただリンが簡単に死にやしないと信じたいだけかもしれない。しかしカカシ先生の言う通り、闇雲になったって仕方ないものは仕方ないんだ。


「人のチャクラを養分にって……そんな生き物がいるの……?」

「そもそもあんな急激な成長をする生き物だって普通ならいやしない。けど俺たちは、そういう奇天烈動物を知らないわけじゃないだろ。……しゃべる犬、とかな」


変態注意報 番外編4
sideシカマル



「人のチャクラを養分にする魚か……わしは聞いたことはないが、まぁいても不思議ではないわな。わしらの世界には変な奴らがごまんといよる」


昼ぶりに呼び出されたパックンは、深夜のためか眠そうではあったもののはっきりそう答えた。


「じゃがそういう生き物がこんな人里近い湖におるとは思えん。おそらくこの湖の底から、その魚共の住処に繋がる道が続いておるんじゃないか」

「パックン、俺をそっちの世界に連れてってくれないか。そんで俺と一緒にリンを探してくれ」

「小僧……勘違いをしておるぞ。わしらは何も異世界に暮らしとるわけではない。この地の秘境と呼ばれるどこかで、それぞれの縄張りを築いて暮らしているに過ぎん。わしらの住処にお前が来たところで、そこに小娘がいるわけではないぞ」

「じゃあ、やっぱりここを潜って行くしか……」

「そう上手くも行かんじゃろう。秘境に辿り着くためのルートは大抵決まっておる。ルートを知らずにたどり着けるような世界ではない」

「そんな……!じゃあ一体どうすればリンのところへ行けるっていうの!?」

「道がわかる者に尋ねる他あるまい」

「ここの魚と会話しろって!?」

「さ、サクラ……ほら、パックンに詰め寄っても仕方ないから……」


自力で潜ってもおそらくたどり着けない。
魚はもちろんしゃべらないし、道を尋ねるなんて論外だ。
ならどうするかって、


「もう一度同じ状況を作るしかなさそうだな……」


◇ ◇


「顔審査だって言うなら私だっていいはずだわ!」


その晩はそう言うサクラの指示に従って湖の魚を掬い集め、鉢の魚にサクラが「私を竜宮城に連れていきなさい!」と声をかけ続けて夜が明けた。
まぁ、顔審査という可能性は潰れたことにしよう。

あの魚がリンを連れ去ったのと同じように、もう一匹魚を成長させてそいつに俺たちを住処まで案内させようとしているものの、そもそも連れ去られる人間、つまりは餌になる人間の基準が不明なままだ。
湖の魚を飼っている妓女はたくさんいるものの、近日で連れ去られた妓女は三人。共通点は美人だということ。それ以外は不明。

まさに昨晩のリンが考えていた疑問にそのまま直面している。
人の問題なのか、環境の問題なのか……

一応魚の種類に関してはパックンの協力を得て絞ることができた。
湖の中には多種多様な魚がいるが、昨日リンが捕まえたものと同じ魚を偶然捕まえることに成功したのだ。色こそ青ではなく赤色だが、パックン曰く昨日の青い魚と同じ臭いがするという。湖の臭いだけではない、個体による独特な臭いがあるんだとか。


「あとは妓女達が消えた日の状況をもう一度詳しく確認しましょう」


それから妓楼に戻って遣手婆に話を聞いたものの、これといった情報は何も得られなかった。
妓女がいなくなった日の天気や暦、時間など、三人揃った共通項が見られない。
これがもう魚側の気分の問題とかならお手上げだ。


「そういや昨日のあの子はどうしたんだい。黒髪の。能天気そうな」

「あ、ああ……あの子はあの子で別の調査を……」


なぜかそう遣手婆が気にかけてきたものの、依頼人相手にこっちの状況なんか正直に話せたもんではない。まさしくミイラ取りがミイラ状態だ。木の葉の信用に関わる。
カカシ先生が適当にはぐらかせば、遣手婆は「ふうん」と少し訝しげだった。


「もしかしてあの子も連れていかれちまったんじゃないかと思ったよ。ほら、美人だったろ」

「あ、あは、あはははは……」


さすが。勘が鋭い。


「……あたしはやっぱりあのまじないと……湖があやしいと思うんだけどね。だから他の妓女たちにも本当はあんなまじないはやめさせたいんだよ。けどわかりやすい理屈がなけりゃ、あの子たちもはいそうですかとすんなりやめるわけじゃない。隠れてするようになるだけだ」


さすがにこの街でこんな大きな妓楼を一人で切り盛りするだけはある。失礼な話だが、遣手婆は見た目よりもずっと思慮深い人物であるように思えた。
依頼自体は消えた妓女たちの捜索だが、その安否についてはそう期待していないことが様子から窺える。要は他の妓女たちにもわかりやすいような原因究明と、今後の対策がしたいのだろう。


「どうして湖があやしいと?」

「昔から言うじゃないか、美人は水に好かれるって」


それは美人による身投げが多い(人から好かれる機会が多い分、痴情のもつれを起こす割合も増えるから)だとか、美人だと水死体もきれいだとか、そういう話だと思うが。

しかしその話で、なんとなくピンと来た。




「チャクラの性質だ」


妓楼を出てからの俺のつぶやきに、カカシ先生はポンと手のひらで拳を打った。


「なるほど!昔から言うもんな。水のチャクラ性質持ちには美人が多いって」

「いや、それは知らねぇっすけど……」


それはただの俗説じゃねーの。
……まぁ、あながち否定も出来ないけど。


俺たち忍はチャクラを練って術として扱うが、チャクラそのものは別に忍だけに備わっているものではなく、人類に等しく備わっている生命エネルギーだ。当然、持って生まれた性質だって人それぞれにある。
攫われた妓女たちも水の性質だったと証拠づけるようなものがあるわけではないが、チャクラを養分とする魚が、チャクラの選り好みをしたっておかしくはない。

それから話は早かった。
木の葉から水の性質持ちの忍(一応きれいな女性)を応援要請して、鉢に手からチャクラを流してもらった。
その結果、


「――ビンゴだ」


成長した大きな魚はリンにそうしたのと同じように、その水の性質のくノ一に襲いかかったが、そこはさすがに前回とは準備が違う。
くノ一にはすぐさま身を隠してもらい、魚には俺とカカシ先生を結んだロープを括りつけた。
魚はこれはたまらない、とばかりにくノ一を早々に諦めて湖に潜り始めた。

魚の背にしがみついて水圧に耐えるが、魚の体なんてそう簡単にしがみつけたもんじゃない。かといってこいつにはクナイも刺さらない強靭な鱗がある。着けていたゴーグルなんてすぐに吹き飛んで、目は開けていられなくなった。
とにかく必死でしがみつくしかなかった。どこに進んでいるのかも、上下左右の感覚もわからない。これじゃあ秘境までのルートを調べるとかそんなどころじゃない。

本当にこれはどこかにたどり着くのか。
このまま窒息死させられるんじゃないか。
嫌な予感に襲われつつもひたすら耐えた。

するとそのうち、急に体が浮上した。
水圧が消えた。水がない。地上だ。息が吸える!
慌てて魚と繋いだロープの先を切った。反対側に繋がっていたはずのカカシ先生の姿は、いつの間にかなくなっていた。

バシャーンと大きな音を立てて、赤い魚が水の中へ潜っていったが、俺は何とかチャクラをコントロールして水面に着地した。
ぜいぜいと肩で息をしながら、ここが元いた湖ではないことを確認する。難しい事じゃなかった。なにせ目の前には見たこともない、派手で立派な赤い城があったから。

城から伸びる赤い橋の上に、明るい黄色の打ち掛けを着た女が立っているのが見えた。
――ここが竜宮城ならば、あれが乙姫だろうか。


「し……シカマル……!」

「……お前か……」


一瞬でも見とれてしまったのが悔しかった。
だって思わないだろ。誘拐されたリンが、まさかそんな、どこぞの姫みたいな格好をしてるだなんて。


「本物……?」

「はあ……?」


奇天烈魚の人選がチャクラの性質によるものだという仮説にたどり着くのには一日とかからなかったが、それから応援がこちらに着くのには二日かかった。だからリンとの再会は約三日ぶりになるが、リンの反応は冴えないものだった。
舐めるように俺の全身を見回しながらも、俺からじりじりと距離を取るリンは、俺が想像するリンの態度とは少し違う。
けど俺から離れるくせに「とりあえず匂い嗅がせて」とか気持ち悪いことを言ってくるので「あ、間違いなくリンだな」なんて思った。


「意味わかんねーけどとりあえず話をさせろ。つーかこんなとこでなんつー格好してんだお前。危機感ゼロか」

「……!シカマル……!シカマル!そうだよね!やっぱりシカマルはそうだよね!そういうシカマルが大好き!!」

「うるせー。知ってるからとりあえず落ち着け」

「きゃあああああ!本物だぁ!!シカマル〜〜〜!!!」


さっきまでの態度とは一転、急に飛びついてくるもんだから咄嗟に支えるのも一苦労だった。




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