あかいろ


「はい、まいどおーきにー」

無論ゼロ円のとびきりスマイルを携えて、ほどよくあっためてあげたお弁当を渡す。
いってらっしゃいの言葉も忘れへん俺は人呼んで完璧なコンビニ店員。

「だーかーらー夢野君!お礼は『ありがとうございました』でしょ!何そのマイドオーキニーって!」
「はあ?店長発音おかしいわ。毎度おおきに、やって。りぴーとあふたーみー。毎度おおきに!」
「まいどおおきに!―――じゃない!なんで僕がそんな練習しなきゃいけないの!?っていうかいってらっしゃいとかも余計だから!見てわかんないの、さっきのお客さん、スウェットに引っ掛けサンダルって明らか出勤スタイルじゃないじゃん!ニートなんだよ!そっとしておいてあげてよ!彼だって本当はいってきますって言いたいんだよ、心のどっかでは働きたいと思ってるんだよ、でも言えないんだよ!それを君は傷口に塩塗るような真似して!」
「あ、店長そういや当店マスコットのビッチちゃん人形の在庫切れとったよ」
「誰がビッチじゃああ!うちのピッチちゃんを勝手にアバズレにすんじゃない!っていうかそういうことはもっと早くに言いなさい!!」

店長今日もうるさいわぁ。職場をストレス発散の場かなんかと勘違いしとるんやね。かわいそうな人。きっと家庭に居場所がないんやわ。
やさしい俺は「イライラにはカルシウムやで」と商品のハーゲンダッツを一個開けて渡してあげた。
遠慮せんでええんやで。あ、言っとくけどこれの代金俺の給料から天引きとかしたらブチ殺すからな。

人呼んで俺は完璧なコンビニ店員。
今日も真面目に楽しく働いてる。

「君はさぁ…なんでハーゲンダッツに、しかもチョコ味にカルシウムの存在を見出したのかな…」








そろそろ冷えてきたな明日から腰にカイロ貼って来るかという具合の冬の月曜日。
俺は習慣としてジャンプを立ち読みしてた。俺の一週間はまずこれしやな始まらん。
朝のピーク時は読みたいの我慢してジャンプ陳列してレジ打ちとかしながらちゃんと働いたんやから文句なんか言わせへん。
ピーク過ぎたコンビニなんか暇なもんや。お客ら来やん来やん。来たとしてもその時にレジ戻れば十分やね。

パラポロパー。
客が来たことを知らせるドアベル音が鳴った。反射的に「いらっしゃっせー」
にしても相変わらずいらつくドアベル音や。ええ加減あの音なんとかしてくれ不快やねんと抗議はしているのに店長は頑なにあの音を変更せーへん。俺へのいやがらせや。

あーあ、くそ、BLE○CH今めっちゃいいとこやのにレジ行かな。
離れがたい。読みかけのジャンプほど離れがたいもんはないで。トイレにだってお供させたいぐらいなんやで。
俺はジャンプを閉じて棚に戻…そうとした。その手を止めたんは一重に、入ってきたさっきの客が俺の隣で俺と同じようにジャンプの立ち読みを始めたからや。
なんや、仲間やん。
よくわからん仲間意識が芽生えた。
俺はそのままジャンプを読み続けた。お互い隣り合いながら無言でページをめくる。今週も小野寺さんかわいいな。

ちらりと隣を見るとその兄ちゃんもニセ○イを読んでた。
俺より少し高い身長に、真っ黒な髪の毛に真っ黒な瞳。チッ、なんやイケメンやんけ。イケメンは滅びろ。てか立ち読みしやんと買えボケ。
服もつけてる時計も高そうや。マジでジャンプ一冊買うぐらいちょろいやろ。
それとも何か、ニセ○イしか読まんからジャンプ一冊買うほどでもないとかか。イケメンのくせに何言うとんねん正直ジャンプの立ち読みとか似合うてへんで兄ちゃん。

「小野寺さん派?」
「は?」
「いや、ずっとそのページで止まってるから」

急に話しかけてきた兄ちゃんは俺の持ってるジャンプを指差しながらにっこり笑った。
ふと手元に視線を落とすと赤面小野寺さんのアップがどん!
なるほど、それであの質問か。

「せやで。兄ちゃんは千棘ちゃん派って感じやな」
「あはは、俺はこんなめんどくさい女無理かな。しいて言うなら宮本さん派」
「なるほど」

知的系女子好みか。それはそれでしっくりきたな。
相変わらずジャンプを立ち読みしてる姿はしっくりこやんけど。

「兄ちゃん見やん顔やね、ここらへん引っ越してきたん?」
「いや、仕事の都合で来ただけ。何にもなくてつまんない街だね」
「それほんまの地元の人に言うたら怒られるで」
「君はここが地元じゃないだろ?ジャポンっぽい」
「当たり。ようわかったね」
「知り合いにジャポン生まれのがいるからかな。なんとなく思った」

お互い会話をしながらもジャンプから目は離さへん。もちろんページをめくる手も止まらへん。
俺は暗殺○室を読み出した。兄ちゃんはスケット○ンスを読んでる。

「八木ちゃん派やろ」
「正解」

にしても兄ちゃんナ○トだのワン○ースだのには見向きもせぇへんな。
ラブコメとギャグ漫画しか読んでへんやん。余計似合わんからやめときぃや。
イケメンやけどこの人は滅びやんでもええかなってなんとなく思った。おもろいわこの兄ちゃん。

「それ買わへんの?」
「今は買ってまで読みたいようなのがないんだよな。昔はボーボボが好きだったんだけど」
「似合わへん!!」

よりにもよってボーボボかよ!
俺の我慢は限界を超えた。本人の前で爆笑してしまった。
さんざんわろた後に一応「ごめん」言うといた。兄ちゃんは「店員のくせに失礼でおもしろいよね」と笑って流してくれた。

「兄ちゃんあれやろ、友情・努力・勝利!ってやつが嫌いなんやろ」
「うん。くだらないよね」
「じゃあジャンプ読むなや」

あっちに置いてるエロ本の方がまだ需要あるんちゃうんか。

「最近は暗殺○室おもろいで、読んでる?」
「いや、読んでないな」
「おすすめ。読んでみぃや。ビッチ先生とかも好きそうな顔しとるわ」
「ビッチ?まぁ嫌いじゃないけど。わかった、読んでみるよ。…でも今日はもう時間ないからやっぱり帰って読むよ」
「へい、まいどおーきにー」

俺はジャンプを置いてレジへ向かった。
なんかすっげーうまいこと商品買わせたで俺。スマートな流れでこの店の売り上げに貢献したったで。商売の才能あるわ。
あ、そういや肉まんあっためとかなあかんかったんやったとか考えながらレジの前に立つ。
だが兄ちゃんは、「じゃあね」とジャンプを持ったまま扉を出て行ってしまった。
パラポロパー…

…あれ?あれれれれ?

「おいちょっと堂々と万引きし過ぎやろぉ!」

慌てて外へ飛び出したが既に兄ちゃんの影も形もどこにもない。
なんてことや、あんなスマートな万引き犯がいるやなんて。




(夢野君今万引きがどうとか聞こえたんだけど…)
(…店長、とにかく世界のイケメンはやっぱすべて例外なく滅ぼしましょ)

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