あかいろ
恋情の使い方

働かない人間ほど不必要なものはない。
ここ数日三成はひしひしとそう感じていた。


「三成様ーゴン太どこ行ったか知りませんかー?」
「知らん」

今まさにゴン太とかいう犬を探して城内を歩き回っている今の女が、かの不必要な人間である。
先日雇った忍であったが、びっくりするほど働かない。だというのに勝手に犬だの猫だのを飼い始めた挙句、残飯ですらなく食糧庫の食糧を惜しげもなく与える始末。なんたることだ。
無論斬ってやろうと思ったことは数知れず。しかし一応忍なだけあって逃げ足は速く、未だ斬滅には至らない。もはや追い掛け回すのにも疲れてきた。

「三成様ー暇ですー」
「働け」
「三成様何言ってるんですか、私は闇に紛れて動く忍ですよ。こんな白昼堂々働くわけがないなじゃないですか」
「なら白昼堂々私の前に現れるな!天井裏にでも忍んで働け!」
「やだーあそびましょうよ三成様ー」
「ふざけるな!」

とにかく不愉快だと思った三成は刀を抜いた。
それを女の首めがけて躊躇無く振り抜く。
だが女は軽々かわしてみせた。

「三成様ー今日のおやつは何ですかー」
「そんなものはない!」

刃を軽々と避けながら女は余裕で口を開く。
働かない忍相手に何故ここまで実力に差があるのか、三成は不思議でならない。
ちゃんとこれが使える忍になれば自軍にとって多大な利益となるだろうことは想像がつく。だがそんなことは置いといてとにかく斬滅したい。
働くならまだいい。この主を舐めきった態度には目を瞑って…瞑ってやらんことも…ないこともない。しかし働かないなら生かす価値はまったくもってない。殺させろ。てか死ね。
三成のストレスはもはや限界に達しようとしていた。

「くそ…働かないならいい加減里へなりどこへなりさっさと去れ!何故ここに居座る!」

この手で始末したいのは山々だが今の自分ではそれは無理そうだということはわかっている。
極めて屈辱的だが生きて帰してやってもいい。とにかく私の前から消えろ。
それは三成にとってはかなり切実な願いであったが、忍の方はというと何を言われているのかわからないとでも言いたげに首をかしげてみせた。

「何故去るんですか?私はどこにも行きませんよ、三成様のお傍にいます」
「だから何故だ!一文たりとも禄は出さんぞ!」
「必要な食糧は勝手にいただいてます、禄なんて必要ありません。それに私は三成様のお傍にいたいので、去れと言われてもここにいます」

にこっと笑ったその顔は到底忍のものとは程遠かった。
三成は一体何を言われているのか理解できずにフリーズする。
どれもこれでも、働かないわ主を舐めてるわ勝手ばっかりするわな忍の言葉とは思えない。

「…なら何故貴様は働かないんだ…」

三成はとにかくなんとかその言葉を搾り出した。
もう刀を振る気力など到底無く、刀を握ったままの腕は力なく彼の体の横に垂れていた。

「三成様失礼ー私いつも働いてないわけじゃないです、日の出てる内は三成様のお傍で三成様の護衛をしてます」

護衛…だと…!?
暇だと愚痴り遊びに誘い、おやつを要求するあの行為が護衛だと…?本気で言ってるのかこの女…!

「日が沈んだら別のお仕事してます。三成様の睡眠の邪魔をするわけにはいきませんからね!」

忍は腰に手をあてて偉そうに言い切った。
別に睡眠の邪魔をせずに護衛はできるだろ…ていうか普通忍の護衛ってそんなものだろ…ていうかやっぱ昼間の護衛の仕方がおかしいぞお前…
もはや何をどうどこから指摘していいのかわからない。
とりあえずこの女はやっぱり不必要だと思う。

「……日が沈んだら別の仕事をしているということは、お前はいつ寝てるんだ?」

実は仕事なんかしてないんだろ、嘘なんだろ。
三成の台詞にはそんなニュアンスが含まれていた。

「合間を縫ってちょこちょこと。まぁ一日に一刻ほど寝られれば十分ですからねー」

実際働いている姿を一度も見たことがないのだから(本人はたぶんこの時間だって立派に働いてると思っているのだろうが)、到底そんな言葉をすべて信じる気にはなれない。
だがもしそれが本当なら、ただ私はこいつの護衛という仕事に対する間違った概念を直してやればそれでいいんじゃないか。三成はそう思った。

「わかった、貴様…これからはもっと忍らしく忍んで護衛をしろ、忍は無駄に話しかけたりしないし私の仕事の邪魔をしたりしないしおやつも要求しないし…」
「ねぇねぇところで、三成様は私の名前を御存知ですかー?」
「…はぁ?」

人の話を聞いてないのかこいつは!今どうしてそんな話をする必要がある!

「…そんなもの覚えていない」
「そうですか、じゃあ覚えてください、ユメです。そう呼んでください」
「何故そんなことを…」
「お慕いしている人には名前を呼ばれたいというのが乙女心というものですな」

ぽかん。
三成はらしくもなく口を開いて忍を見た。
忍風情が何をぬかすのか。貴様のどこに私を『お慕い』している要素があったのか。
とにかく苛立たされた記憶しかない。この女、意味不明すぎる。やっぱり殺すべきか。

「そんで、女はお慕いしている人のなるべく傍にいたいと思うものなので、この護衛の仕方も変えませんっ」
「んな…」
「だいじょーぶです、三成様は、私が全力でお守りしますから」

…そんなことのために彼女を雇ったわけではなかった。護衛を命じた覚えもないし女に護られたいなどと考えたこともない。
だが生まれて初めて自分にそんなことを言ってのけたユメというその忍に少し興味が沸いた。
そこまで自信があるならもう少しぐらい生かしてやっておいてもいいかもしれない。手綱をしっかり握って手なずけられるようになれば、これは使える。

「好きにしろ、ユメ」

三成はそう一言だけ答えた。
するとユメは嬉しそうに「はい!」と返す。
手なずける方法は案外簡単にみつかるかもしれない。

「あ!ゴン太いたー!ゴン太どこ行ってたのー…って、ゴン太、そのくわえている着物はもしや三成様のものでは……」
「…………」
「そっかそっか、三成様のために持ってきてくれたんだねえらいぞー!泥だらけになってはいるけど心の広い三成様なら笑顔で受け取ってくれるからね!ですよね三成様!」

…やっぱこいつ殺そう。

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