あかいろ
九月

夏休み中はなかった姿が、そこにありました。

「よう」
「おー、久しぶり狼谷君」

いつものように花壇の淵に座っていたユメちゃんの隣に、狼谷君も腰掛けます。

「あれ?狼谷君一人?鷹君は?」
「別にいいだろ、俺だけで来たって」

ユメちゃんは目を丸くします。

「そりゃ、別にいいけど」

私はもちろん別にいいけど、狼谷君の方こそ一人で来たりして、いいんですか?
部活は?とか、鷹君怒りませんか?とか、二人きりで何しますか?とか、ユメちゃん的に思うことはいろいろありましたが、苦言ととられたくなかったので特に何も言わないでおきました。

いつもならギターを弾いたり鷹君と一緒に歌ったりお菓子を食べたりするのですが、二人だと歌もお菓子も必要なさそうです。
本当に狼谷君は何が目的で一人でやって来たのでしょうか。

「あ、そういえば狼谷君夏祭り来てたよね!私が手振ったの気付いた?」
「そりゃ気付いたよ。お前こそよく俺に気付いたな」
「うーん、まぁそう言われてみれば。結構暗かったのによく気付いたね私」

本人が不思議がりだしたので狼谷君は少し笑ってしまいました。
あの一瞬が狼谷君の中に生んだ気持ちを、ユメちゃんは知る由もありません。

「ねぇ演奏はどうだった?私のバンド聴くの初めてだったよね?」
「あ?あーでもいつもギターと歌なら聴いてたし」
「えーなんかもっとこう、やっぱソロとバンドじゃ違うなぁとかあるじゃん」
「よくわかんね」
「うわなんか聴かせ甲斐ないなぁ」
「お前はバンドの方がよかったとか言われた方がうれしいのか?」
「え、いやどっちとかじゃなくて、どっちも違ってどっちもいいみたいな」
「別にどっちもいいと思うぜ」
「ごめんすごい言わせた感あるね」

もう両手の指では数え切れないぐらいの回数、鷹君も交えた三人でこの場所で過ごしてきましたが、ユメちゃんと狼谷君が二人でこんなに話をしたのは初めてでした。

いつも話の中心にいたのは鷹君でしたし、狼谷君は黙って二人のやりとりが終わるのを待っているようなことが多かったので。
だからユメちゃんからすると狼谷君は、いつもつまらなさそうというか、仕方なくここにきているように見えていました。

けれど今日狼谷君が一人でここにやって来てくれたということは、そうではないと喜んでもいいのでしょうか。
楽しそうには見えないけれど、実は楽しんでくれているのかもしれない。
そう思うと、会話の内容にはそぐわずニヤけてきてしまいます。

「なぁ」
「ん?何?別にニヤけてないよ?」
「は?……今日は歌わねーの?」
「え?!狼谷君歌いたかったの?!」
「いや歌わねーよ」

びっくりした!実はずっと歌いたかったのかと!

「俺は聴きたいだけだけど」
「…わ、私の歌なんぞでよければよろこんで」

そんなこと言われて喜ばない歌い手はいません。アマチュアは特にそういう賛辞に飢えています。

けれどまさかそんな言葉を、狼谷君から聴くことになるとは思いもしませんでした。
バンドとソロの違いを、よくわかんねと言い切ったぐらいの男です。音楽に興味がないのは目に見えていました。
それなのに、わざわざ私の歌が、聴きたいと。

ユメちゃんはうれし恥ずかしな心境でギターをケースから出しました。
…何を弾こう。
いつも鷹君のために子供向けの曲ばかり演奏してきたので、狼谷君相手に何を演奏すればいいのかさっぱり思い浮かびません。

「…狼谷君は、どんな曲が好きですか」
「わっかんね」
「うーんそれじゃあ何弾いたらいいかわかんない…」
「なんでもいい」

ユメちゃんの視界に、狼谷君の小さな笑みが映りました。

「お前が歌うならなんでもいい」

…あなた、いつの間に私のファンなんかになったんですか?
意外な人からの意外過ぎる言葉に、ユメちゃんは終始ドキドキが止まりませんでした。

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