あかいろ
五月
綺麗な五月晴れの空の下、保育ルームの面々はお散歩に出ていましたが、そこで竜一くんが気付きました。
「あれ?また鷹君がいない!」
「またかよあいつ」
前回同様、鷹君の捜索が始まりました。
一方その鷹君はというと、これまた前回同様迷子だったのですが、今度はあまり不安な気持ちはありませんでした。
普段のお散歩コースより細くて、木陰の多い静かな道。
そこにたどり着いた時、鷹君は不安よりも期待の方が大きくなりました。
この道を通った日のことを、鷹君はまだ覚えていたのです。
あの日の女の子の姿を探して道を歩きます。
そしてあの日と同じように大きなギターケースを背負って花壇の淵に腰掛ける彼女をみつけて、大きな声をあげました。
「ユメ!」
「ん?あ、鷹君」
ひさしぶりーとユメちゃんは手を振りました。
鷹君は笑顔でその足元に駆け寄ります。
「どうしたの?また迷子?」
「おれ、まいごじゃないじょ!」
「あ、そう」
じゃあなんなんだろうと、ユメちゃんはこんな小さな子が一人でいることに疑問を感じましたが、まぁ前ほど深刻そうじゃないしいいかと気にしないことにしました。
もちろん保育ルームのみんなと意図せず離れ、帰り方もわからない鷹君は迷子に違いないのですが。
「ユメはなにしでんだじょ?」
「私は人を待ってるんだよ」
「だれ?」
「一緒に歌を歌う人だよ」
「おれも!おれもいっしょにうたう!」
「うーんその人とも一緒には難しいかなぁ。とりあえず私と歌おっか」
「ん!」
鷹君はユメちゃんの隣に座って一緒に歌い始めました。
家族以外の誰かの前で歌ったりするのは普段は恥ずかしくてできないけれど、ユメちゃんなら平気でした。
ユメちゃんは歌がとても上手だったので、それを聴くのも好きでした。
それからしばらく経って、二人のもとに人が近づいてきました。
ふと影が降りてきたので、二人はその人を見上げます。
「あ、狼谷くん」
「あ、にーじゃ」
「あ、じゃねぇよこのばか!」
鷹君はいつもより強くたたかれてしまいました。
「あああああああああああ!」
「勝手に迷子になったかと思えば何遊んでやがんだ。迷惑かけんなっつってんだろ」
「なんだ、鷹君やっぱ迷子だったんじゃん」
泣きじゃくってしがみついてきた鷹君の背中をさすりながら、ユメちゃんは咎めるわけではない、呆れたような声をかけました。
「またあんたか…悪いな」
「いえいえ。今日はただ遊んでただけだし」
「おら、帰るぞ鷹」
「いやだ!おでがえらねぇ!」
「はあ?」
鷹君はお兄ちゃんに反抗して、さらに強くユメちゃんにしがみつきました。
当然、怒ったお兄ちゃんにもう一度殴られます。
「ぴぎゃあああああああああああああ!」
それでも鷹君はユメちゃんから離れません。
ユメちゃんは思わず苦笑します。なんだかシャツが冷たくなってきました。
「まじでいい加減にしろよ…」
「まぁまぁ、狼谷くん、ちょっと落ち着くまで待っててあげようよ」
もう一度拳を握った狼谷くんを見て、さすがに鷹君がかわいそうになってきたユメちゃんは、そう言いながら手で鷹君の頭をかばいました。
そして狼谷君に自分の隣に座るよう促します。
「………」
沈黙の後狼谷くんはため息をついて、仕方がないというように花壇に腰掛けました。
「お兄ちゃん大変だね」
「ああ。…あんたも弟か妹でもいんのか?チビの扱い慣れてるみてぇだな」
「うん、弟が一人いるよ。もう小学生だけどね」
「そうか」
そのまま二人は、大きな泣き声を上げ続ける鷹君を挟んだまま他愛もない話をいくつかしました。
それはそのうち落ち着いた鷹君が「おでかえる」と自分で言い出すまで続きました。
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