あかいろ
四月

保育ルームのみんなといつものお散歩に出かけた矢先、鷹君は一人迷子になってしまいました。

鷹君は泣きべそをかきながら一人で歩きます。
彼は竜一君やお兄ちゃんを探しながら歩いているつもりですが、逆に人気はどんどん無くなっていきました。
道の両側に背の高い木々が増え、どんどん木陰ができて薄暗くなっていく道。
鷹君にとっては通ったことのない道でした。

そのうち鷹君は、学校の裏門にたどり着きました。
裏門は傍に駐輪場もなく、駅からも遠くなるため利用する生徒が少ないです。

先ほどからずっと周りに人はおらず、鷹君は一人で知らない世界にでも迷い込んでしまったような気持でした。もう誰でもいいから人に会いたい気持ちでいっぱいです。
目に溜まった涙はどんどん溢れ、彼の頬を濡らしました。

「ぼく、どした?こんなところで一人なんて」
「!」

そこで鷹君は一人の女の子に出会いました。

女の子は裏門を出てすぐの花壇の淵に腰掛け、鷹君のことを不思議そうな目で見ていました。
猪又お姉ちゃんや、牛丸お姉ちゃんと同じ服を着ています。歳も彼女たちと同じぐらいに見えました。

特に知り合いなわけではありませんでしたが、鷹君は人に会えた安心感でついに大泣きし始めます。

「ぴぎゃあああああああああああ」
「おおお?大丈夫?おーよしよし」

女の子は鷹君の傍に来て頭をぽんぽんとしてくれました。

「あの保育ルームとかいうとこの子かな?迷子?」
「うっうっおで、おで、さんぽしでたけど、みんないなぐなっでで」
「うーん迷子っぽいなぁ。よし、お姉ちゃんが連れてったげるから安心しなさい」

連れて行ってもらえる!
さらに安心して、鷹君の涙は少しずつ止まりました。

「まだ歩ける?だっこする?」
「………だっこ」
「はいはい」

女の子はひょいと鷹君を抱き上げました。
お母さんにだっこされているようなやわらかさとやさしい匂いに、鷹君は自然と笑顔になります。

女の子が歩きだしてゆったりとした揺れに身を任せるようになった頃には、迷子になっていたことなんか既に忘れたかのように上機嫌でした。

「おで、おで、かみたにたかだじょ!」
「ん?名前?鷹君か、よろしく。私はユメだよ」
「ユメ!ユメ、なにもっでんだ?」

ぺしぺしと鷹君はユメちゃんの肩からたすき掛けられている黒い帯を叩きながら問いました。
その帯はユメちゃんが背負っている大きな黒いケースに繋がっています。

「これはギターだよ」
「ぎたあ?」
「うん。楽器のことだよ。ユメ姉ちゃんはギターを弾きながらお歌を歌う人なの」
「うた!おでもうたうたえるじょ!」
「お、じゃあ一緒に歌う?なんの歌が好き?」
「おで、ジャステナイドのうたうたえる!」
「あー私も知ってるよ。じゃあ歌おっか。せーの」

保育ルームまでの道を歩きながら二人は大きな声で一緒に歌を歌いました。
だんだん人通りが増えてきたためいろんな人に変な目で見られましたが、特に二人とも気にしませんでした。

「…おい鷹、お前何してんだ」
「あ!にーじゃ!」

少し先の方に、大好きなお兄ちゃんが立っていました。
ぱああっと鷹君の顔は輝きますが、お兄ちゃんの方はすごく呆れた視線を向けてきます。

「ユメ!あれ、おれのにーじゃ!」
「お兄ちゃん?おーよかったねぇ」
「ったくお前は…鹿島も兎田も心配して探してたんだぞ。このばか」

ごちっ。
せっかく機嫌のよかった鷹君ですが、お兄ちゃんに叩かれてしまってまた泣き出しました。

若干驚きながらもユメちゃんは泣きわめく鷹君をお兄ちゃんに引き渡します。なかなか手厳しい教育法だなと思いました。

「ぴぎゃあああああああああ」
「うるせぇだまれ。悪いな、あんた。助かった」
「いえいえ、どういたしまして。じゃあ鷹君ばいばい。狼谷くんも。」
「ああ」

ユメちゃんが手を振ると、鷹君は泣いてお兄ちゃんにしがみつきながらも振り返ってなんとか手を振ります。
大泣きしながらも必死で手を振る様子がなんだかおかしくて、ついユメちゃんは笑ってしまいました。

そしてそのままユメちゃんはまた来た道を通って裏門の方へ戻っていきます。
その後ろ姿を、しばらくの間狼谷兄弟は眺めていました。

「んあ?俺さっき名乗ったか?」

もしかしたら同じクラスか?あんなやついたっけな。隣のクラスとかか。

狼谷君はしばし考えていましたが、なんてことはない、鷹君が狼谷と名乗ったから、そのお兄ちゃんも狼谷なのが当然なだけでした。

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