あかいろ
好きな子ほどってやつ

最近の子供ってのはどうにもこうにも生意気なガキばっかで嫌になる。
義務教育だからって調子に乗って授業放棄していいと思ってんのかあいつらは。
殴りたい。正直すげぇ殴りたい。

でもそれは教師として決してやってはいけないこと。
嫌んなる。なんで私先生になったんだっけ。

「うー…あー…」

単語にはできないうめきを漏らすと同時に白い息が出た。
ほわりほわりと少しだけど雪も降っている。

そんな中私は、マフラーもせず、さらにポケットのない服で手袋もせず歩いていた。
本当は今年用に張り込んで買ったマフラーと手袋があったんだけど昨日生徒に盗られた挙句隠された。マジあいつらいっぺんしばきたい。

はぁ。真っ赤になっている手に息を吐きかける。それで気休め程度に一瞬は確かに温かくなる。けど数秒もしないうちにまた冷えた。

くそ寒い。とにかく両の手をすり合わせながら家路へ急いだ。
帰ったらテストの採点だ、めんどくさい。

「へいそこのお嬢さんちょっと職質いいですかー」

いくらもう暗いからって、嫌な声の掛けられ方だ。
でも振り向かなくともそれが知り合いの声なのはわかっていた。おそらく向こうも私だとわかっていてそういう台詞を投げかけている。
これが純粋に単なるジョークなわけじゃなくて、彼が本当にそういうことが出来る立場の人間であるというのが嫌なところ。

「どっからどう見たって善良な市民である私に対して、ひどいもんだな沖田くん」
「こんなくそ寒い日にマフラーも手袋もせず歩く女なんざ不審者に決まってまさぁ」

そう言って、ばっちり赤いマフラーと手袋を装着しているお巡りさんは私の右隣に並んだ。

いいな、あったかそうだな。そう視線を送ると「はっ」…鼻で笑われた。
このクソガキ。ゆとり教育の悪の産物め。

「生徒に隠されたんだよ、マフラーも手袋も」
「ユメ…あんたいじめられてんのかい?」
「いじめ…そうか、いじめなのかなぁこれ。なんてこった、私のクラスはいじめだけはないクリーンなクラスだと思ってたのに」

まさか私がいじめの対象だったとは。
そう呟くと沖田くんは私をものすごく残念なものを見る目で見下ろしてきた。
なんなのこの子たかが18歳でなんで2○歳の女相手にそんな目ができるの。

「…俺なら…」
「え?」
「本当に嫌ってる相手のもんなら近所のドブ川に、ただ困らせたいだけの相手のもんなら自分のロッカーか掃除用具要れにでも放り込みやすかね」

…いじめっこの心理をいじめっこから教えてもらった。すごい説得力。
ドブ川にダイブしたマフラーたちなんてどうせ使えたもんじゃないから、一応ロッカーから探してみるかな。
「ありがとう」と伝えると素直に「いえいえ」なんて返された。

「ガキってのは、好きな子ほどいじめたくなるもんなんでさぁ」
「…もしかして慰めてくれてるの?」
「別に。そういう傾向があるってのを教えてやったまででぃ。ロッカーにも掃除用具要れにもなかったらマジで嫌われてるってことなんだからねぃ。せいぜい隅から隅まで探してみるこった」
「…そうっすか」

一体何がしたいのかわからない子だ。
制服を着てるってことはまだ仕事中なんだろうに、さっきからずっと私について来ているのも気になる。パトロール順路とか大丈夫なのか、これは普通に私の自宅コースだが。

ざくざく。昼間降った雪の上を音を立てながら歩く。
冷えすぎて痛い指先にもう一度息を吐きかけた。もはや温かくもなんともなかった。

「こんなかわいそうな私に手袋もマフラーも貸してくれないいじめっこ沖田くんは、私が好きなのかな」

別に彼に私に物を貸す義理など到底ないが、自分勝手な不満を私は嫌味ったらしく漏らした。
すると沖田くんは、

「そうですねぃ」

とさもお互い承知の事実であるかのように返してきた。
それが適当についた嘘なのか本気なのか私にはわからない。やっぱガキってめんどくせぇ。

「でも俺ぁもう大人なんでねぃ、ちょっとぐらいやさしくしてやってもいいでさぁ」

にやり。口元を歪めて笑った沖田くんは大人などではなく普通にいじめっこの顔だった。
とりあえずマフラーか手袋貸してくれるのかなと期待。
そして彼は手袋のかたっぽだけを投げて寄越してきた。
…ほんとにちょっとだけだな君のやさしさって。いっそもう片っぽもくれよ。

でもそんな文句を言う間も惜しく、私はいそいそと左手にそれをはめた。
今まで沖田くんがつけていただけあって、温かい。
私はその手で、剥きだしのままの手を包んだ。ああ、ちょっとはマシだな。
だけど沖田くんはそれになんだか不服そう。え、何右手はあっためんなって?

「そうじゃねぇや」

沖田君の左手が私の右手を掴む。
そして指を絡めて、自らのポケットに一緒に押し込んだ。

「…これがやってみたかったの?」
「うん」

何この子かわいい。
ていうかやっぱりまだまだガキだな。

私は先生だ。ガキの遊びに付き合ってやるのは嫌いじゃない。
ポケットの中で少し強く手を握り返してやると、彼は一瞬驚いたように私を見た後、穏やかに笑んだ。
それはちょっと、大人の顔だなと思った。


ちなみにその後、マフラーと手袋は生徒のロッカーの奥からみつかった。
今度沖田くんにお礼にご飯でも奢ってあげよう。

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