あかいろ
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雄英の生徒が誘拐されたってニュースを見て、しかもそれがかっちゃんだって聞いて、私は自分が無宗教だったことを後悔した。

ばかな後悔の仕方だと思う。けどそれぐらいしか、この気持ちを向ける矛先がなかった。
どれだけ心配したって、どれだけ不安を抱えてたって、雄英でもヒーロー科でもない私に出来ることなんて何一つない。

せいぜい神様に祈るぐらいのことしか思いつかないけど、普段から信仰してもいないのにこんな時だけ都合よく面倒見てくれるわけもない。これから入信したって遅いんだろう。

それでも、頭からどうしても不安が離れない時は祈った。
かっちゃんの無事を、かっちゃんに祈った。

どうか負けないで。どうか帰ってきて。



「かっちゃんおかえりいいいいいいいい!!!」
「あああ泣くな鬱陶しい!汚ぇ顔で近づくんじゃねぇ!」

私にとっては感動の再会なのに散々な言われようだ。
とりあえず元気そうでよかった。ニュースはオールマイトの件で持ちきりだしかっちゃんにはほとんど触れられていないが、敵に攫われたのにこんな元気な姿で帰ってこれるなんて私からしたら奇跡としか言いようがない。
奇跡が起こってよかった。私は何も出来てないけど、そんなことを嘆くより今は普通に喜んでいいよね。

「かっちゃん、またちゃんと会えてよかったよ…」
「はっ!俺が死ぬとでも思ってたんか?」
「そりゃそういう心配もしたに決まってんじゃん!…ごめんね私、何も出来なくて。これからは神仏に仕えて、ちゃんとかっちゃんに神様の力を届けられるように頑張るよ…」
「…何言ってんだてめー…」

かっちゃんは心底わけがわからないといった顔をしていた。

「仏教とキリスト教どっちがいいかな…」
「いらねーわどっちも!」

そっか…そうだよね、実際かっちゃんはちゃんと帰ってきたもんね。

冗談みたいな本気だった話をしながらも、涙と鼻水でぐしゅぐしゅな顔をどうしようかと考えていた。
だってまさかかっちゃんが、「おい、帰ってきたぞ」なんてうちまで来てくれるなんて思わなかったから。なんの心の準備もしてなかったし、安堵と感動が分泌液として溢れ出てくるのも仕方なかった。
今はうちの玄関先だ。タオルを取りに行くことも出来るけど、そんなことしてる間にかっちゃんはおそらく帰ってしまう。

それはいやだ。もっとしゃべりたい。
たとえかっちゃんがお母さんに「ユメちゃん心配してたからちゃんと報告してきなさい(スパァァン)」とか言われて嫌々来ただけだとしても、まだ帰ってほしくない。

家が隣で、小さい頃からずっと一緒だったかっちゃん。
高校は別々になったし会うことも減ってしまったけど、それでも変わらず隣に住んでるんだと思うとそんなに離れてしまった気はしていなかった。

けれど今回の件で、私は思い違いも甚だしいことを痛感した。もう住む世界が違うんだ。
次ちゃんとこんな風に話ができるのなんて、いつになるかわからない。

私は流れてくるものをそのまますべて垂れ流しながら、かっちゃんが逃げないようにシャツの裾を掴んでいた。
かなり鬱陶しそうにされている。

「だから!なんでもなかったんだからもう泣くな!うっぜーな!」
「勝手に出てくるんだから仕方ないじゃん!ほっといて!ほんとに私がどれだけ心配したか知りもしないで…」
「…ちっ、わーってるよ」
「え?」
「わかってるっつってんだよ。ずっとお前の声聞こえとったわ。」
「は、は?」

声?声が聞こえた?
私の個性≠ヘ確かにテレパスだから離れた人に声を届けるのは可能だけど、それの範囲は半径50m以内という大したことのない力だ。

「え、かっちゃん、この近所で捕まってたの!?」
「んなわけねぇだろ灯台下暗しか!」

じゃ、じゃあ声なんて聞こえるわけないんですけど…?

「負けないでだの帰ってきてだのしつけーんだっつの…」
「確かにそう思ってたけど、なんで…?」
「知るか!とにかくずっと聞こえてた!だからこうして顔見せに来てやってんだろうが!ああ!?」

びっくりだ。お母さんに言われて来たわけじゃないんだ。
嬉しいやらなにやらで、落ち着いてきていた涙腺がまた決壊した。

「だー!!泣くなっつってんだろ!」
「う、ううう…」
「うぜぇ…」
「私、少しは役に立った…?」
「はあ?」
「私の声聞いて、帰らなきゃって気になった…?」
「…別にお前の声なんか聞かなくても同じだったわ。…でも」
「でも?」
「お前に会いたいとは思った。」

また私の目から涙が零れ落ちる。
かっちゃんは呆れた顔をしながら、それを親指でぐいと拭った。

うれしい。私も会いたかったです。

「うるせぇ、わかってる」

まずい、なんだか全部筒抜けみたいだ。

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