あかいろ
認められない子どもの成長

案外この苦労は知られていないが、アカデミーの先生ってマジしんどい。
現場で働く忍と違って、命の危険や責任感は確かに少ない。
だからって楽なわけじゃないんだよまったくもって。

「おっちゃん熱燗もう一本!」
「ユメちゃん、もうそれぐらいにしといた方がいいんじゃねぇか?」
「いーや、まだ飲むよ私は!飲まなきゃやってられないっての!」

恐らく相当酒臭いであろう私の剣幕にやられ、ラーメン屋の親父さんは渋々もう一本酒を出してくれた。
早々にラーメンを食べ終わって酒を飲み続ける私はかなり迷惑な客だろう。わかっちゃいるがまだ飲み足りないのだから仕方ない。
一人で飲むのはあまり好きじゃない。こうして親父さんに仕事のことを散々愚痴りながら飲むのが一番好きだ。あはははは、迷惑極まりないよねごめんね親父さん。

「うわユメ先生マジ酒くせぇってば!」

まぁ素直に言ってくれちゃって。のっそり振り返ればそこには元教え子が鼻をつまみながら立っていた。

「おおナルト、久しぶりー」
「おう。てか先生飲み過ぎじゃね、もうやめとけば。あ、おっちゃん俺チャーシュー麺一丁!」
「はいよ!」

鼻つまむくらい臭いアピールするくせに、ナルトはそのまま私の隣の椅子に座った。
あ、こいつ私にそれ奢らせる気だな。
親父さんは私の愚痴り相手を解放されて喜んでいる。チャーシューはたぶん一枚増えるだろう。

「先生また学校でなんかあったのか?」
「なんかあったなんてどころじゃないわ、聞く?」
「やだ」

聞く気ないくせに尋ねてくんなよな!
まぁ散々親父さんに愚痴った後だからもういいけどさぁ…
いくらもうとっくに卒業した後とはいえナルトは今だって私のかわいい生徒だ、あまり醜態を晒すのも気が引けるし今日は飲むのもこれぐらいにしておくか。

「…いや、でもなんかあんたの顔見てたら今日のことぐらいかわいいもんに思えてきたわ」
「は?」
「あんたがかつて仕出かしてきたイタズラの数々に比べればねぇ…みんなまだマシな方よね」
「げ。も、もうそういう話はなしだってばよ…」

ナルトは割り箸を片手に、もう片方の手で頭を掻いた。
アカデミー時代の過去を掘り返されると困るぐらいには大人になっているらしい。
当時はそりゃもう私の尻撫でてきたり胸に顔突っ込んできたりとひどいもんだったけど。
あのクソガキがこんな風に成長できるもんなんだなと月日の尊さを感じながら私は酒を煽った。

「…これだからこの仕事辞められないんだわ」

かつてのエロガキだってこんなに立派になってくれる。
その礎にほんの少しでも私の存在があったのかと思うと自分がとても誇らしい。

「ふうん、よくわかんねぇけど、俺はユメ先生は先生向いてると思うから辞めてほしくないってばよ」
「そう?ありがとう、元問題児から言われると余計うれしいよ」

私が今素面であったなら「生意気なことを」とでも言いたくなったかもしれなかったが、今そういう気持ちはこれっぽっちも湧き出てこなかった。
万年中忍の私なんかとは違って、ナルトはもう木の葉でも指折りの実力者。
自分はもう彼には勝てないのだと、素直に認める気持ちが酒のおかげで引き出せるのかもしれない。

「…あー…でもやっぱ悔しいもんがあるよなぁ、今からでも上忍目指そうかな」

呟いた後で、なーんてねと心の中で付け加えた。自分にそんな実力がないのはよく知ってる。

しかし隣でラーメンを啜っていた元教え子はことのほか私のその台詞を真剣に受け止めてしまったらしく盛大に麺を吹いた。しかもその後盛大に咽ている。

おお、どうしたどうした。私が上忍目指すとかほざくのがそんなに可笑しいか。
ちょっと不機嫌になりながら水を渡すと、グラスではなく私の手首の方をがっしり掴まれた。

「そんなんダメだってばよ!先生はそのまんまでアカデミーで先生やっててくれ!」
「はあ?」

ナルトの口からなんかいろいろ飛んできた。あんまり強く掴まれてるせいで水も零れてる。

「ユメ先生が先生向いてるからってのもあるけど…俺、先生には任務で危ないこととか、してほしくないんだってばよ…アカデミーなら比較的安全だし、先生の居場所がいつでもわかって俺も安心だし!」
「…何、それ…」

お前は私のおかんか何かか!?
混乱してつい手の中のグラスを落としかけたけどナルトが受け止めてくれた。
奴はそれをカウンターに置くと今度は両手で私の手を握りこんでくる。
なんかラーメン屋には不釣合いな雰囲気が流れ始めた。

「俺は任務とかで里出たりもするけど、ユメ先生はここでずっと俺のこと待っててくれってば」
「ナルト…」
「先生が俺と同じような任務出たりして、もし怪我とかしたらって考えたりすると、俺…俺…」

握られた手が汗ばむ。
なんだこのでかい手。なんだその大人びた表情。
知らない、知らないぞ、そんなナルト私は知らないぞ。

「なぁ先生、先生は先生のままでいてくれってば、な?」
「い、いいるよ、いますよ、上忍目指すとか冗談だし!」
「え?そうなのか?なんだよもうビビらせんなって!」

そっちが勝手にビビってただけだろ、何一人で焦ったり笑ったりしてんの…
いや、焦ったのは私もだけど。

教え子の成長は嬉しいものだ。だけどこんな成長は素直には喜び難い。

「な、ナルト、もういい加減手を…」
「あ…でも先生が先生じゃなくなったら、俺も先生のこと先生って呼ぶ必要ねぇんだよな?それはいいかも」
「な…」
「ユメ」
「!」
「って呼んでもいい?」
「〜〜っ呼ぶな!先生は先生よ、ちゃんと先生って呼びなさい!」
「えええー」

そうよ私は先生よ!
いくら教え子がクソガキやエロガキばっかりだからって、それを辞めるわけにはいかないと私はこの日強く決意した。
よし、一生先生でいよう。

「おっちゃん熱燗もう一本ー!」
「げ、先生もうやめとけってば」
「うっさい!今日は飲みたい気分なの!」
「まぁ別にいいけど、もし俺の前で酔いつぶれたりしたらどうなっても知らねぇからな?」
「…え………?」


嘘だろお前。
クソガキはやっぱりいつまで経ってもクソガキだったか。

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