かちり、と冷たい器具が口の中に入れられる。
目の前のトラファルガー・ローさんは至って無表情だ。
「あー」
「あー」
彼は確か、外科医だったような気がするんだけど。
奥歯にかちかち器具が当たる。
舌をなぞる平たいものは、なんていうのか知らない。
なんだったっけこれ。
「異常ねェな」
「おー」
毎日歯磨きしてますんで、歯の白さには定評がある私です。
けどローだって、カフェイン摂取しすぎな割には歯は綺麗ですよ。
ステインだっけ?
そう言ったらそりゃどうもなんて言葉が返ってきた。
つれないなぁ。
「いつ転職したの?」
「あ?」
「歯医者さんに。
死の外科医は辞めて、死の歯科医になったの?」
なんかダサいよ。
技になんか、バキューム!とかありそう。
相手の血を吸い取るぜ!みたいな。
間違いなく、ダサい。
「ちげーよ。馬鹿」
「そんなひどい」
「定期検診」
この船で一番医療に長けてるのは誰だって、
もちろんそんなのローに決まってる。
ちょっとローが歯医者さんごっこしてるのが新鮮だっただけじゃないか。
「私が虫歯でも、ローは治せるの?」
「さァな。
シャチかペンギンの歯と変えてやろうか」
「シャンブらないでよ。人の歯を気持ち悪い」
「あいつら泣くぜ?」
「ローのでもやだよ」
自分の歯が一番いいじゃない。
いーと歯を剥いてローに見せつける。
はいはいと流されるそんな私の自慢。
「虫歯もうつるんだって」
「へェ」
そりゃ興味深いとばかりに目を細めて私を見る彼。
虫歯菌って、うつるらしい。
あくまでも、らしい。だけど。
だから、
「私が虫歯になったらローにうつるね」
「かもな」
ぎしりと目の前の椅子から腰をちょっと浮かせた彼と、
軽くキスをする。
やっぱりコーヒー味のキスはまだなれない。
「虫歯なんかなるなよ。俺は痛いのはお断りだ」
「人には痛くするくせに」
「ナンの話だ?」
「・・・言わせるつもり?
性格悪いよ」
「別にそんなつもりじゃねェよ」
嘘だ。
くつくつと喉を鳴らして笑う彼に向かって言ってやる。
「恋人の虫歯菌なら受け入れてやるぜとか言えないの?」
「言えねェな」
まったく、女心の分からない人。
そこは嘘でもいいから言うもんだよトラファルガーくん。
「じゃあ、私の好き好き菌もうつってくれないの?」
言ってみたら、以外と恥ずかしいセリフだったなと思う。
そんな私にお構いなしに彼にされる抱擁。
またの名を、ハグ。
「馬鹿、それをうつしたのは俺だ」
「まじでか」
「あァ。だからこれ以上感染しねェよ」
他のやつにうつすなよ、と言われて笑いながら頷いた。
そうかそうか、これはローからうつされたのか。
死の歯科医でも殺せない恋の虫。
まったく、どうにも治らないはずだ。
歯医者さんごっこ
(あ、歯がぶつかった)
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