左手に鍵を握り、暗い廊下を進む。
埃や煤で汚れた壁。
腐った床板。
ひびの入った窓ガラス。

さほど広い建物じゃない。
すぐ見つかるはずだ。



コツコツとひびく自分の靴音が、廊下の終わりに造られた扉の前で止まった。

プレートも、何も無い。

しかしノブにくくり付けられた鎖、南京錠を見るとすぐあのオーナーの顔が浮かんだ。
手放しがたい物を保管するためには、
それは厳重にしないわけにはいかないだろう。


カチリ。
錠がはずれ、鎖が床におちる。
ノブはいやに冷たく、俺は扉を押した。




目を伏せて頭を垂れ、手首と足首を鎖で繋がれた人形。
部屋にある唯一の窓から見える景色は、暗い海と、暗い空、しんしんと降り続ける雪だけ。



「・・・・・・だれ、?」



やっと俺に気づいたのか、そいつは弱々しい声をあげ長いまつげを数回揺らした。


「客だ」

「え・・・?
・・・あの、でも、今日店からは・・・
夜のお客様の予約はないって・・・」

「初めて来るから勝手がわからなくてな。
予約をする暇が無かった。 」

「・・・・・・そう、ですか」



礼も言えねェのか、と言えば
ごめんなさいと小さな返事。
自分の眉間に皺が寄るのを自覚する。

女が、なんで、とでも問い掛けようとしたのか、
野暮なことと思ったのか再び沈黙が流れた。
その沈黙の中、先に口を開いたのは俺だ。




「お前の価値が気になった」

「・・・か、ち?・・・」

「答えろ」



漠然とした疑問だった。

この女に一体どれほどの価値があるのか。
人がこぞってこの女に興味を示し欲しがっている。

金額という意味だけでなく、こいつの感じさせる雰囲気がこの島のどの女よりも繊細で妖艶で、
俺の欲を刺激した。


女は訳がわからないといった顔をして
渇いて割れた唇をしばらく薄く開いたまま黙っていたが
しばらくして、ゆっくりと首を振る。

何も無い、と。



「私はここで歌います。
けどそれは誰か別の人のものでしょう・・・
ここの人は、歌う私にお金を払い、この見た目に指をさして笑い・・・

結局私自身の価値なんて・・・そんなものです」



後は、性のお相手くらいになら。


見せ物と娼婦。
そいつはそう意味する言葉を投げやりに零した。


ゆっくりと一句一句ゆっくりと答える。
表情は死人のように暗く、苦しげで。
それすらもはかなく神聖なものにすら思えるのは
この女の容姿と、部屋、この島の雰囲気が似合わないからかもしれない。



「・・・・・・あの」



俺が随分黙っていると、女の方から言葉を発した。
女は貼付けた笑顔で、静かに


「私をころしてください。」


と零した。

外が騒がしくなっている。
空が少し白んで、
もうすぐ夜明けが近づいて来ているのがわかった。






君の願いを言ってごらん
(そして縋って、助けを請え)





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