「今気分はどうだ」

「気分は、・・・いいです。多分」


良し悪しの差が分からないけれど、多分いいのだと思う。
まず私を吊していた枷が無いだけでも、私の置かれていた状況が今はまた違うものだということを理解出来た。


「顔色もかなり良くなったな」


死人みたいな顔をしてた、と言われて、
それなりに化粧はしていたつもりだったのだけどと苦笑い。
そんなに酷い化粧だったかな、私。


ことり、と彼の手から治療器具らしきものが離れ、机の上に置かれた。


「お前はあの島の人間か?」


やっと明確になった意識。
私は大人しく、彼の質問に答えればいい。
そうすれば、恐らく酷いことはされないだろうから。


「違います。多分」

「その目は、生れつきか」


左右で違う瞳の色。
左の銀色の目は、見る力はない。
それを知ったのは私があの島にいることを意識した日からのことだ。


「わかりません」


けれどそれが生れつきかどうかは、分からなかった。


そもそも、私は私のことを知らないのだ。
過去も、名前も何もかも。
始まりの記憶は朧げだけれど、
確かヒューマンショップと言われた店からだ。
私はあの島のあの屋敷のオーナーに買われた。

ただそれだけ。

唯一のシェアという名前も、あの屋敷で呼ばれていただけに過ぎないのだから。


「この目と髪色が珍しいんでしょう。
そういうことから見世物になっていたのは事実です」


習慣とは怖いものだと思う。
口元が自然と歪むように笑っているのが分かる。

笑わないと、殴られる。

ずっと教わり続けたことが体に染み付いている。
屋敷を離れても、結局私は何も変わらないんだろう。
ここでも、きっとこれからも。




「おい」


彼の声。
そのあまりの嫌悪感のこもった低い声に私の体が跳ねた。


「その笑い方やめろ」

「え、あ」

「見てて気分悪いんだよ」


その笑い方。

体が震える。
どうしよう、殴られる?蹴られる?でも私はこの笑い方しか知らないのに。

彼の手が伸びてきて
伸びた髪に優しく触れた。


「・・・、あの・・・」


彼は何も言わない。
私は怖ず怖ず、口を開く。


「ここで、皆さんのお相手をすればいいんですよね」


そう尋ねれば、彼はその鋭い目を私に向けた。
でも、そういうことじゃないのか。
彼だってそのつもりで私を連れて来たに違いない。


「必要でしたら、今すぐにでも」


香水も化粧もしてないけれど、それでも構わないなら。



『シェア、お前の生きる理由は俺達のためだ!そうだろう?』



「私はそれくらいしか生きる意味無いですから」


笑わなければ。けど笑っちゃいけない。でも、笑えと言われた。あれ?でもこの人は笑うなという。
あぁ、私どうすればいいのかな。




「っひ、・・・!」


彼の手が、頬に触れた。
ひんやりした大きな手。
心臓がばくばくと激しく揺れる。
怖い怖い、怖い。


「お前の仕事を言う。覚えろ」


薄い唇が言葉を紡ぐ。
私は頷けなかった。
あぁいっそ、舌を噛んで死んでしまいたい。
また男の人に抱かれなければいけない、また歌わなければいけない。
そしてまた、別の家に売られるのだろうか。

涙なんて出ないけれど、目の奥がちくちく痛んだ。







「飯を作れ」



「・・・え?」



意味が一瞬、わからなかった。

彼の言葉が理解できない。
今彼は私に食事を作れと言ったように聞こえたけれど。


「説明した通りここは俺の船だ。
お前には寝床、食事、風呂、普通の生活に必要なものをやる。
その代わりお前は船内の掃除と料理、出来る範囲の仕事をしろ。
それ以外は俺が許さない限りするな」

「・・・・・・」

「返事は」

「・・・あの、」


どうして?

なぜ?どうして?と疑問があふれる。

私をあの屋敷から奪ったのは、私を奴隷として使うためじゃないの?
私は、


「・・・なんで、生かそうとするんですか?
売るでも無い、性交させるわけでもない。
この船にはもう、十分沢山の船員さんがいるんでしょ?
私なんて、そんな、何も出来ないのに・・・
何も、価値なんて無いのに!」




『シェア、お前がここで俺に買われたということは、普通に生きる意味なんて無いんだ』



久しぶりに、これだけの声を出した気がする。
屋敷に連れていかれた最初のころはこんな風に声も出ていたような、そんな気がする。


「わたしなんて、もう・・・いっそ死んだほうが、
皆、幸せじゃないですかっ?」


声が震えた。
喉が痛い。渇いた喉で無理に叫んだから、唾液を飲むとひりひりとしみた。


「興味が湧いたからだ」


私とは反対に、静かに答える彼の声。
泣いちゃいけない。
下唇を噛んで私は下を向く。


『泣いたら化粧が崩れるから、いいか絶対に泣くなよ。シェア。
お前は歌って笑って、それ以外は何もするな』


耳の奥で、耳鳴りのような声がする。聴きたくもない声がする。


『お前は俺達の人形だ!!』

『俺達に感謝しろ!!
そしてその体で恩を返すんだ!』


大きな手、ごつごつした手。
気持ち悪い嫌だ助けてどうして私がどうして!!



「わたしは・・・人形、ですから」


独り言のように呟いた。
そうでもしないと、孤独と不安と恐怖に潰れそうだったから。









「じゃあお前に生きる意味を教えてやるよ」


俯いた顔を上にあげさせられる。視界がぼやけて、顔が良く見えない。
耳の奥の耳鳴りが、ぴたりと音を止めた。


「生きたくねェなら、生きたいと思えるようにお前に理由をくれてやる」


瞬きをしたら、目尻から熱い水がこぼれ始める。


「ここで生きてみろ。

ユノ」


「今日からそれがお前の名前だ」


生きたいなんて考えたこともなかった。
生きたいなんて心にも思えなかったはずなのに。


生きる唯一の意味なんて、人を悦ばせるためだけだってそう思っていた。

どう答えればいいのか分からない。
胸の中に込み上げる感情を、なんと呼ぶのが正しいのかなんて。


「返事しろ。ユノ」


拒否権なんて無いその言葉。
私は零れる涙を拭うことも出来ずに、ただ顔の筋肉が緩むことに抗うことも無く


「・・・、はいっ」


大きく頭を、縦に振った。







解放宣言
(それは自由という果ての見えない時間)






2014/12/21



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