「はぁ…はぁ…」


大学から帰ってきたら、厳つい顔をした黒ずくめの男たちに囲まれたのが二週間前。
お前はガタイがいいから役立ちそうだと、真っ黒な鉄の塊の使い方を教え込まれたのが一週間前。
自分の兄貴分らしい男が、目の前で汚い親父の脳天をぶち抜くのを見たのが昨日。
そして、なんかもう全部がめっちゃ怖くなって嫌になって、見張りの目をかいくぐって逃げ出したのが二時間前。


「こ、ここまで来れば大丈夫ッスかね…」


そして、追手を避けてここまで逃げてきたのが今。息も絶え絶えにしゃがみこんだのは、どこかの路地裏だった。二週間前に無理やり連れてこられたせいで、ここら一帯には土地勘なんて全くない。とにかく遠くへ逃げた。


「これって、もし見つかったら殺されるんスかねえ…」


コンクリートに向かって、そんな恐ろしい独り言をこぼす、が。
その刹那、空気が変わった気がした。


チャキ


「鬼ごっこには満足したのかよ?」


こめかみに当たる冷たい感覚。ぎぎぎと音がするようなぎこちない動きで斜め上を見やった。そこには現在いちばん見たくなかった顔が、そりゃあもうすんばらしい笑みで君臨していた。

あ、俺死んだ。


「ああああ青川さん、ちょ、ス、ストップ!違うんス!べべべ別に逃げようとしたわけじゃなくて、そ、そう!実は今日は」

「青峰だっつてんだろ。何回言りゃ覚えンだこのカスが」

「カスってなんスか!そっちなんてガングロのくせに!」

チャキ「死ね」

「あああああああああごめんなさいごめんなさい!!お命ばかりはお助けををを!!」


プライドも意地もかなぐり捨てて土下座した。膝や頭が汚れるのなんざ気にしていられるか。自尊心?なにそれおいしいの?


「今ここで殺されるか、後で自分の死体の行く末を知ってから殺されるか、どっちか選ばせてやるよ」


選ぶ意味ねええええええええええ!!


がばっ!思わず顔を上げたが、目の前にはキラリと光る拳銃。その向こうにあるのは、昨日見る羽目になった、人殺しの顔だった。


「で、どっちだ?」

「…後者で」


天国のじいちゃん、もうすぐそっちに行くっス…



**



「オラ、さっさと座れ」


どんと後ろから膝裏を蹴られた。前のめりに倒れそうになったが、なんとか踏みとどまる。短い舌打ちが聞こえたので、音速の勢いで正座した。

キョロキョロとあたりを見渡す。あれから青峰に連れてこられたのは、今までに来たことのない場所だった。手入れのよく行き届いた日本庭園が美しい、純和風の屋敷。人を殺すには随分と不釣り合いだ…って自分で思って寒気がした。え?やっぱり俺殺される?


「あのー青峰さん」

「無駄口叩くな。殺すぞ」

「ぎゃあああああ!!だからすぐ銃出すのやめてくださいっス!」

「ふん、なんだよ」

「え、えっと、ここって一体どこなんスか?」

「あ?言ってなかったか?」


言ってねえよ。


「ここは『帝光組』の本家。俺達の親玉の家だよ」


…………え


「ええええええええええええええ!?」

「うるせえ!」


拳銃を突きつけられて口をつぐんだが、落ち着けるわけがない。今、この男はなんと言った?『帝光組』の本家?親玉の家?


「な、なななんで俺がそんなところにいるんスか!?」

「俺が聞きてえよ。しゃあねえだろ、テツが連れて来いっつったんだからよ」

「テツ?」


だれっスかそれ?

そう尋ねようとしたら、奥の襖が開いた。


「お待たせしました」


現れたのは、小柄で線の細い、若い男。見たところ俺と同い年くらいに見える。え、だれ?


「ったく、なんのつもりだよ。こんな下っ端わざわざ連れてこさせるなんて」

「少し興味があったので。君が黄瀬涼太くんですね?」


そうだけど。小さくうなずいた。男は畳に腰を下ろす。あ、座布団しいてある。ちょっとうらやましい。

手を膝にやり、こちらを見る。ビー玉みたいな大きな眼は、底が見えない。


「初めまして。僕は帝光組十二代目組長・黒子テツヤです」


声は出なかった。ただ物凄く間抜けな表情をしていたらしく、横にいた青峰に「ひっでえアホ面」と馬鹿にされた。

この人が、ヤクザの組長?

組長って、もっとこう、阿修羅みたいな屈強そうな男じゃないのか。こんな、力強さなんか微塵も感じられない、弱そうな奴が、本当に?


「で、どうすんだよテツ。こいつ、売っていいのか?」

「そうですね。健康な若者ですから、高く売れるでしょうね」


俺が呆けている間に、二人の話は進んでいた。あれ、売るって言った?


「あの、売るって俺のことっスか?」


おそるおそる尋ねた。青峰は面倒くさそうに答える。


「てめえ以外にだれがいんだよ。まあ正しく言えば、お前の『パーツ』だけどな」


にやっと、残忍な顔で笑う。

背筋が凍る。手先が震える。いくら予想していたとは言っても、実際に殺されると判るとやはり怖い。死にたくない。まだ、死にたくない。


「死にたくないですか?」

「はい!って…え?」


気づけば、目の前に組長――確か黒子とかいったっけ――がいた。その距離の近さに驚く。


「助けてあげましょうか」

「おい、テツ!」


青峰が黒子に歩み寄る。何やら抗議をしているようだったか、俺の頭には入ってこなかった。助かるのか、俺は。


「いいじゃないですか、一回くらい名誉挽回のチャンスをあげても」

「っくそ、この愉快犯が…」

「というわけです、黄瀬くん。欲しいですか、チャンス?」


頭が取れるんじゃないかというくらい、何度も首を縦にふった。助けてくれ!


「いいでしょう。ただし、条件があります」

「じょ、条件?」

「ええ。君は確か、青峰くんについてるんでしたね。それをやめて、代わりに僕の直属についてください」

「ちょ、本気かテツ!?」

「本気ですよ」


青峰ではなく、黒子の直属に?そんなことでいいのか?ヤクザの仕組みは全く判らないが、俺的には万々歳だ。命拾いして、なおかつ青峰から離れられるのなら。


「いいですか、黄瀬くん。君は今から僕の犬です。犬は主人を裏切ってはいけません。もし裏切ったら」


顎をすくわれた。その指は白くて細い。本当にヤクザの親玉かと疑いたくなるほどに。


「この綺麗な顔、眼球ひとつ残さずにぐちゃぐちゃにしますからね」


判りましたか?


ぞくっ


青峰のとはまた種類の違う、強烈な威圧感が襲いかかった。裏切ったら、間違いなく殺されると、そう確信できた。この小さな体のどこからそんなものが出ているのだろうか。


判ったと、声が震えそうになるのを堪えて答えた。犬というのはまたひどい言い方だが、死ぬよりはましだ。
何だか俺の人生はもはやとんでもない方向へむかっているらしい。なんなんだ、ヤクザってやつは。みんなこんなヤバい奴らばっかなのか。


でも、


「じゃあ決まりですね。これからよろしくお願いします、可愛いわんちゃん?」


いちばんヤバいのは、この人になら殺されてもいいと、一瞬でも思った自分自身だ。







うたにすいたが果みんなそなたがあるゆえ






********

青峰ほどヤクザが似合うバスケ選手はいないと思う
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -