「黒ちんってさーおいしそーだよね。なんか甘そう」

「はあ、そうでしょうか。たぶん薄味だと思いますよ」


目の前でキラリと光る包丁は傷ひとつなくて、新品なんだろうことがわかる。しかもその斧みたいな、えーと何でしたっけ。あ、そうそう確か中華包丁でしたね。どうしてそんなもの持ってるんですか。


「俺ね、赤って結構好きなの。ほら赤ちんも好きだし」

「でも火神くんはあまり好きじゃありませんよね」

「たしかにー」


僕より頭二つ分ほど高い巨躯をもった彼は、椅子に座る僕の真正面に立って、その目を細めた。普段は何に対してもやる気をほとんど見せない彼が、唯一、固執するもの。それは、お菓子。甘くてしょっぱい、お菓子。


「イチゴショートとかも好きなんだよー。あの白と赤、きれいだよね」

「そうですね。僕も好きですよ、食べるのは」

「あはは、やっぱ食べられるのは嫌なの?」


近づいてくる彼の紫色の双眸に映るのは、僕と、鋭利な狂気と、純粋無垢な欲望。その欲望は、はたして食欲なのか色欲なのか、よくわからない。


「当たり前でしょう。僕は痛いのは嫌いです。出血多量なんて勘弁に決まっています」

「俺も痛いの嫌いー、苦しいのも嫌いだけど。あ、そうそう聞いてー。さっき小指ドアに挟んじゃってさあ、まじ死んじゃうかと思った」


そう言って彼は右手を口元までもってくる。すると確かに、身長に比例してまるで常人の親指のように大きな小指が、少し赤くなっているのが見えた。しかし、そんな小指を口に運び、ちゅぱちゅぱと赤ん坊のように吸う姿はどこかしっくりくるものがあって、その事実に逆に違和感を覚えてしまった。彼の、外見に似合わない幼い性格を熟知しているからだろうか。というか紫原くん、僕の出血多量発言を華麗にスルーしてくれましたね。


「ねえねえ黒ちん。どんな風に食べてほしい?せっかくだから、黒ちんの意見も聞いてあげるね」


ショートケーキに意見を求めてくれるとは、随分とお優しいですね。いつもは、まぶたに重りでもついているんじゃないかと疑いたいくらいに寝起きのような半開きの目をしているくせに、今ばかりは、まさにキラキラという擬音語が似合うほどに目を輝かせている。そんなにお腹がすいているのだろうか。


「そうですね、できるなら老衰で死にたいものです。孫たちに囲まれながら」

「あははーそれは無理ー」


だって俺が殺すもん、と大方殺人者には思えないような甘えた口調で、彼は言う。僕との距離は、約1メートル。銀色に映る僕の顔は不恰好に歪んでいて、少し笑ってしまった。


「じゃあ俺が決めたげる。んーと、やっぱまずは心臓かな。そんで、次は肺。あれ?あと内臓って何がある?」

「胃腸や膵臓、あと肝臓なんかもありますよ」

「じゃあ上から順番ってことでー。最後はやっぱ眼かなあ。黒ちんのって、飴玉みたいで甘そうだから」


水色の飴って何味かあっただろうか。ああ、あったなソーダ味。たいして甘くないと思うが。


「よーし決まり。じゃあね、黒ちん。またあとで」


胃の中での再会とかグロすぎるでしょう。内心で突っ込んでいる間に、包丁は彼の頭上まで振り上げられていた。刺しやすいようにしゃがんでいたから、包丁との距離は近い。照明が反射してキラリと輝いた。


「愛してるよ」











だんっ


包丁は見事に突き刺さった。僕にじゃない。僕が座っていた、ソファーに。当の僕はといえば、包丁が振り下ろされた瞬間、ソファーから飛び起きて抱きついた。紫原くんの、太い首に。


「もーよけないでよ、黒ちん」


飛びつかれた反動で後ろに手をついた彼は、ひどく不服そうだった。そんな彼を無視して、僕は抱きついている首に思い切り噛み付く。ガリッという音に少しだけ紫原くんは呻いたが、何も言わなかった。


血が流れ落ちる。綺麗だった。ツーと重力に従うそれを舌で舐め取る。口の中いっぱいに広がる鉄の味に、思わず口角が上がるのがわかった。


「紫原くん、僕も好きなんですよ。赤」


そう言って見上げた彼の顔は、逆光になっていてよく見えなかった。でも、いつもの眠
たそうな眼は、少し、笑っていた。


「まあ僕は火神くんも好きですけど」


その発言に紫原くんは一瞬体を動かしたが、僕が再び首筋を舐めると、大人しくなった。先ほどまで包丁を握っていた手で頭を撫でられるのが、無性に心地よかった。


「愛してますよ」










食べられるのは
どっち?







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紫黒です
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