今までに結構やんちゃしてきたよな、とは自分でも思う。 自ら売ったことはほとんないが、逆に売られた喧嘩なら馬鹿みたいに片っ端から買ってきた。 半殺しにしたヤツなんか腐るほどいるし、俺のせいで潰れたっていうチームが少なくないことも知ってる。 だから、人から恨まれることには慣れていたんだ。夜道に後ろから包丁で刺されたって、仕方ないかと納得がいく程度には(まぁしかしその時はそれ相応のお返しは覚悟してもらいたい) だけどさぁ、俺もさすがに思わなかったよ。 「死んでくれるかな」 まさか自分の腰くらいまでの背丈しかないガキに、真っ正面からハサミを突き出されるなんてさ。 現在の時刻は15時前 そうです放課後の時間です(ただし小学生に限る) 「う、おおおおっ?!」 まさに間一髪、体を捻らせて迫り来るハサミを死ぬ気で避けた。すると黒いランドセルをガチャガチャ鳴らしながら、小さな生き物が俺を見上げてくる。ハサミの銀色が、日光を反射してキラリと光った。 「ちっ外したか。反射神経いいね」 「だ、誰だテメェ!」 たった今、まさに俺を亡き者にしようとした人間の方へと目を向ける。すればそこに立っていたのは真っ赤な髪と瞳の、正しく言えば左目だけがオレンジの、そんな何ともふざけた色彩をもつ子供だった。おいおい何なんだその色は。小学生がカラーリングとかしてんじゃねぇよ。 「何か失礼なこと考えてるだろう。言っておくがこの色は自前だからな」 お前はエスパーか。そりゃあ知り合いの中には自前でピンクや真っ黄色の奴もいたりするが、こんな赤は初めて見た。グサリ、生意気そうな目が俺を貫く。小さな唇が開いた。 「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕は赤司征十郎。黒子テツヤの弟だよ」 「…は?」 驚きの情報に目を見開く。 つーか人に凶器を突きつけといてさっきから何なんだそのふてぶてしい態度は。醸し出す雰囲気と喋り方のせいか、物理的には遙か下から見上げられているというのに、どうにも感覚的には上から見下されているようで気分が悪い。 しかしそのふてぶてしさもアイツの弟だっていうんならまぁ納得… 「っていやいや嘘だろ!だって名字全く違うじゃねぇか!」 「ノリツッコミご苦労様。ただ、考えが安直すぎて片腹痛いな。世の中の家族構成に、一体どれだけのパターンがあると思っている?昼ドラでも見て勉強してきたらどうだ」 小学生がカタハライタイとか言うんじゃねぇよ。 こいつの語る自分たちの家族構成というのはよくわからなかったが(とりあえず不倫という言葉が四回と親権という言葉が三回と離婚という言葉が二回出てきた)、目の前のガキとあいつが血の繋がらない兄弟だということだけはわかった。 しかし、俺が現在陥っているこの状況に関しては何一つわからない。なんだ、一体全体どうなってるんだ。誰か馬鹿な俺にも理解できるように説明してくれ。 「とりあえずしゃがんでくれないかな。喋り辛くて仕方ないんだ」 どこまでも態度が上から目線なのは、きっとこいつに染み込んでしまった性格のせいなんだろう。俺は立派な大人だから、譲歩してこいつの言うとおりにしてやることする(その際に持っていた鞄を地面に叩きつけたのは、別にイライラしてたせいとかじゃない。断じてない。うそ、ちょっとある) 目線が同じになるようにしゃがんでやると、ガキの顔がより鮮明にわかる。何というか、あいつが快晴の色だとしたら、こいつは夕焼けの色だと思った。赤とオレンジ。 「君、『青峰くん』だろう?」 「…そうだけど」 「君のせいだ」 「は?」 「テツヤが最近、学校に行くんだ」 髪も眼も真っ赤なのに、背負っているランドセルだけが黒いことに違和感を覚える。まぁ、仮にここで赤いランドセルを背負われたとしても違和感全開なんだけど。 俺を睨みつける意志の強い瞳は、何だかどこかで見たことがある気がした。 「おい、言ってる意味が」 「僕だけで十分なんだ。例え血が違ってたって、僕らは兄弟なんだから、君なんかが踏み入れられやしないんだ」 ぞくり、身体に流れる初めての感覚。そこにあったのは、紛れもない敵意。一瞬だが怯みそうになった。この俺がだぞ。ありえない、こんなガキに。 「君のその感情は、ただの好奇心だ。そしてそれはテツヤも同じこと」 「はぁ?勝手に決めつけてんじゃねーよ」 「決めつけてるんじゃない、わかるんだよ。君のテツヤに対するそれは、子供が玩具に抱く程度の愛着だ。だから、諦めろ」 夕焼けに殺されそうだ、と思った。このまま飲み込まれて焼き尽くしてしまいそうな、そんな眼をしていた。ざわり、波が立つ。 「さっきから何なんだよお前。わけわかんねーことばっか言ってんな」 「僕は忠告をしてやってるんだ。どうせ頭が悪いんだから、ごちゃごちゃ考えずに従えばいいんだよ」 「…おい、あんま生意気な口きくなよ。ガキだからって容赦しねーぞ」 「好きにすればいいさ。所詮、君たちは他人同士だろう。互いのことが百パーセント分かり合えるなんて有り得ない。どうせ傷つけるだけだ」 だから諦めろ、と。 あまりにも理不尽な物言いに、自分の中の血が逆流してくるかのような感覚を覚える。やべぇ。元から大して仕事をしない理性が、限界を超えそうなのがわかった。やべぇ。 「…いい加減に」 「勝てないよ。君は、僕には勝てない」 冷たい感触が肌を擦った。 ぽたり、頬から流れ落ちる血。 「わかったらもう金輪際テツヤに近づくな」 握りしめた拳がふるふる震える。 ダメだ。 「おい、聞いてるのか?」 ダメだ。 ダメだ、面白すぎる。 その瞬間に何が起こったのか、たぶん子供は理解してなかっただろう。いつの間にか俺の手の中へと移動していた自分の武器を見て、オッドアイは驚愕に揺れていた。その顔は年相応に幼くて、ちょっとだけ笑ってしまう。 悪いな、これでも伊達に伝説の不良はやってねぇんだよ。 「っ、かえせ!」 そう叫びながら自分へと伸ばされた手に構うことなく、そのままハサミを持っていない方の手でぐいっと子供の頭を強く撫でた。サラサラの髪を乱してやると、腕を掴んで引き剥がそうともがく小さな手。 俺はがっちりとその頭を掴んだ。刹那、ぶつかる赤と青。にいっ、口角が上がる。 「お前が兄ちゃん大好きなのはよーくわかった。でもよ、」 もうコンリンザイ近づくな、だって? 残念、そればっかりは 「無理!」 とんっ、軽く頭を押してやれば、子供の身体はよたよたと数歩後ろへ下がった。その隙を見計らって、俺は走り出した。別にこいつから逃げたかったわけでも何かに急いでいたわけでもない。けれど、とりあえず走りたかったのだ。 だってダメだ、わけがわからなすぎる。図太い神経のくせして不登校で、信じられないくらいに影が薄くて、反則技の飛び蹴りで俺の世界をぶっ壊して、ハサミを人に突き刺してくるような、人を殺せそうな夕焼けの弟がいて、それであんな澄んだ空色なんて、そんなのハチャメチャにも程がある。わけがわからない。面白すぎる。知りたくて仕方がない。 (ああ、確かに好奇心の塊だよ) 互いのことを百パーセント分かり合うことなんてできないだろうって?当然だろーがそんなの。だって、俺とあいつは他人同士だ。まだ知り合って間もない、何の繋がりもない他人同士。でも、だからこそ、知りたいと思うんじゃねぇか。 やっぱダメだ、 逢わないと、ダメだ。 後ろからは何とも物騒な言葉がいくつも投げつけられていたが、俺は振り向かずに大きく手を振ることで応えた。罵声の音量が上昇したけれど気にせずに走り続ける。 明日は金曜日だ。あいつは、果たして俺の前に現れるだろうか。 「はっ上等じゃねぇの」 溢れる感情を発散させるため、その辺にいた不良に渾身の飛び蹴りを喰らわせておいた。 (俺だって少しくらい飛べるんだぜ、テツ) 追え!追いつけ! 待ってろ空! ******** 征十郎くんは小学五年生です。こんな末恐ろしい小学生は嫌だ。 |