※バレンタインネタ



「仗助くん、チョコレート受け取って!」


 仗助のファンらしい女子数人が綺麗にラッピングされた箱を渡しているのを、億泰はガードレールに腰をかけてボーっと眺めていた。バレンタインの今日、仗助は朝から引っ張りだこだ。親友のバックの中にはピンク色の箱がひしめき合っている。愛想はいいし、顔もいいから、仗助がモテるのはそりゃ当り前のことなんだろうけども。


「それにしてもこの差はひでェよなァ〜〜……」


 近くの小石をけり上げながら億泰は深くため息をついた。億泰がかつぐ鞄は今日も変わらず平べったいままだ。もう幾度目かのバレンタインなので期待も年々薄れてきていると言えばそうだが、やはり男子、気になるものは気になる。チョコレートなんてもらったことないよ、と言っていた康一だって今年は由花子にもらうのだろう。小さく舌打ちして、億泰はガードレールから腰を上げた。


「仗助ェ、俺今日はもう帰るぜェ〜〜」
「わりぃ、今度なんかおごるからよォー」


 女子の輪の中からなんとか声をあげる仗助に軽く手を振って、億泰はその場を後にした。このまま帰るのはなんとなくやりきれない。何も考えずフラフラと歩いていると、気がつけばトニオの店の前まで来ていた。扉を開けると、おいしそうな料理の香りが鼻をつく。バレンタインでもここは相変わらずのようだった。


「あ、億泰サン、いらっしゃいマセ」


 奥の厨房から出てきたトニオの様子もいつもと変わらない。安心していいのかなんなのか複雑な気分だったが、とにもかくにも億泰は席についた。


「今日はおひとりですカ?」
「バレンタインだからよォ〜、仗助は忙しいんだよなァ」
「仗助サンは恋人サンがいたんですネ」
「いねェよォ、ただ周りからチョコ受け取るのに忙しいんだよ」
「……?」


 その話を聞いてもトニオは億泰の言っていることがいまいちよくわかっていないようだった。億泰がバレンタインといえばチョコだろ、と口をとがらせるとようやくわかったようにあぁ、と手を打つ。


「日本では想い人にチョコレートを渡すのデスネ、イタリアではバレンタインは恋人同士のためのイベントですかラ」
「そうなのか?」


 イタリアでは恋人同士がプレゼントを交換し合ったり、男性から花束を贈ったりするのですヨ、とトニオは笑顔で説明した。興味深そうに聞き入っていた億泰だったが、話が終わると再び不満げに口をとがらせる。


「でもここは日本だし、やっぱ俺はチョコレートが欲しいよォ……」


 その言葉を聞いて少し考えるそぶりを見せた後、トニオは億泰の頭を軽く叩くとちょっと待っていてくださいネ、と言って厨房の奥へと消えた。まだ左手も見てないのに料理出してくれんのかな、と水を飲んで涙を流しながら待っていると、厨房から甘い香りが漂って来始めた。のぞいてやろうかとも思ったが以前仗助がひどく怒られたのを思い出し、億泰は席に座りなおして足をぶらぶらと揺らして待つ。しばらくすると、トニオがカップをひとつトレイに乗せて現れた。


「ほんとはお客サンの注文って聞かないんですけどネ」


 人差し指を口に当て、内緒ですヨ、と笑いながらテーブルに置かれたのはマシュマロが乗った濃いホットチョコレートだった。


「本当はもっと凝ったお菓子を作りたかったんですけド、あんまり億泰サンを待たせるのも悪いですカラ」
「いいのかッ!?」


 いただきますッと勢いよくカップに口をつけた億泰は、あつっと舌を出しながらもうまそうにホットチョコレートをすする。おいしいですカ?という問いに億泰は笑顔で首を縦に振った。


「料金は頂きませんカラ、今日はゆっくりしていってくだサイ」
「えッ悪ィよ」
「その代わり仗助サンにはこのことは内緒デス」


 トニオは穏やかな笑みのまま、店の隅に飾ってあった薔薇を一本取って億泰に渡す。何もわかっていないような億泰は驚いて何度か瞬きした後それを受け取ると、家に飾るな!と再び満面の笑みをトニオに向けた。トニオも嬉しそうに笑顔を返す。



「んじゃ、また来るぜ、トニオ!」
「エエ、またいらしてくだサイ」


 来た時とは正反対に軽やかな足取りで帰っていく億泰を見送りながら、やはり気がつきませんでしたかネ、とトニオは苦笑いをした。イタリアと日本のバレンタイン、一応両方やったつもりだったのだけれども。まあそういうところも可愛いと思ってしまうし仕方がないデスカネ、とトニオは空になったカップを手にとって厨房へと戻っていった。





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