※矢木戦後
※アカギが性交の直接的表現を口にしてます
※南赤未満





 次の勝負を取り付けた竜崎たちを雀荘に残し外に出ると、雨上がり独特の臭いが鼻についた。連絡先の交換など安岡といくつか言葉を交わした後、赤木にもねぎらいの言葉をかけてやらねばと南郷が振り向けば勝負後の大人の会話など興味が無いのか中学生の少年はひとり背中を向け街の中に去ろうとしているところだった。


「アカギ!」


 安岡と手短に別れを交わし、南郷は急いで大声を出した。赤木は無感動に声のしたほうを振り向く。南郷からすればそのまま聞かないふりをして去ってしまってもおかしくないと思っていたので、素直に立ち止まった赤木を見て自分で呼びとめておきながらも南郷は内心ホッとした。


「今日泊まる当てはあるのか?」
「……別に」


 かけ寄ってきた南郷に赤木は数度瞬きをして、それがどうしたの?とでも言うようにその瞳を覗き込む。賭け事や度胸に関しては天才的な才能を見せる赤木だが、どうも自分の健康とかそういうことにはとんと興味が無いらしい。今日もどこか廃墟にでももぐりこんで寝るつもりじゃあないだろうな、と心配になった南郷は思わず赤木の腕をつかんだ。


「お前、今日は俺の家に来い」
「……は?」




 半ば引きずるように自らの部屋に連れてくると、玄関に棒立ちしている赤木を南郷はそこに座るようにとぺらぺらの座布団へと促した。赤木は素直にそれに従うが、自分の思い通りに行かなかったことに腹を立てているのか、南郷には赤木が若干ムッとしているようにも見えた。


「なんも食ってないんだろ」


 古びているが比較的使いこまれているらしい台所から南郷は赤木にそう声をかけた。海から上がってきて、そのあとはずっと麻雀を打っていて、身体は疲れているにちがいないと思ったからである。いらないと言っても味噌汁の一杯だけでも押しつけるつもりでいた。今までどこかぼんやりしていた赤木は、それをみてクックッと笑うと最早意味をなしていない座布団から突然腰をあげた。


「南郷さん、料理なんかできるんだね」


 今までの不機嫌はどこに行ったのか、ニヤリとした笑みのまま赤木は料理の様子を後ろから覗き込む。


「……まあ、外食する金なんかないし、自分で作るしかないからな」
「ふーん」


 そう相槌を打ったあとは、赤木は何も言わずにただ料理が出来上がるのを眺めていた。見て何が面白いのかと思ったが、興味をもたれるのもそれはそれで嬉しかったので南郷のほうも黙って料理を続ける。野菜を鍋に放り込むのも、味噌を溶かすのも、赤木には興味深いようだった。



「できたぞ」


 味噌汁の入った鍋の火を止めてそう赤木に声をかけると、赤木は相変わらずの無表情でこくんとうなずいた。白米と、味噌汁と、ちょっとした野菜炒めと。豪華な食事とは程遠かったが、小さなちゃぶ台に並ぶ食卓を赤木はじっと眺める。食わないのか、とちゃぶ台の反対から声をかければ、南郷さんのぶんは作ってないの、と赤木は食事に目を落としたまま尋ねた。


「いいんだよ、俺は。食ったから」
「ずっと雀荘に缶づめだったくせに」
「ぐ……」


 うまい切り返しも思い浮かばず、いいから今はお前が黙って食えばいいんだよ、とちゃぶ台を軽く叩けば赤木は小さな声でいただきます、と言った。それを聞いて南郷は満足げに笑う。

 黙々と料理を口に運んでいた赤木が、ふと味噌汁の中の大根を口にいれるとぼそりと呟いた。


「南郷さん、家に連れ込んで俺とセックスするつもりなんだと思ってた」
「……はあ!?」


 何の気も無いように味噌汁をすする赤木とは対照的に、南郷はその言葉を聞いて思わずちゃぶ台の端に足をしたたかにぶつけた。その様子にも赤木は驚く素振りも見せない。痛む足に構うこともせずに、体勢を立て直すと動揺を押し隠すように南郷は深いため息を吐いた。

 こいつはそういうことを経験してきているのだろうか、と出切った空気をゆっくり吸い込みながら南郷はちゃぶ台にひじをつく。確かに華奢だし男にしては綺麗な顔立ちしてるけど、まだ13だぜ、こいつは。


「別にされたことはないけどね」


 南郷の考えに気が付いたのか、ごちそうさま、と綺麗に食べおわった器に箸を載せながら、赤木は遠くを見るように言った。何度もすり抜けてきた、とさも当たり前のように呟く。


「まあ、でも南郷さんはそんなことできないでしょ。結構弱気だし」
「あのなあ……」


 呆れていいのかなんなのか、南郷は再びため息をつく。そんな様子を見て、赤木はニヤリと笑った。


「俺のためにわざわざ飯用意してくれる人が、そんなことしないと思ってるよ」


 そうして、部屋の隅にごろりと寝転がる。


「お、おい」
「今日は泊めてくれるんでしょ」


 照れているのかなんなのか、こちらに背を向けたまま赤木はそんなことを言う。こういうところはやっぱり子どもか、と南郷は赤木が食べおわった食器を台所へと運びながら苦笑する。米一粒残っていない食器を見て、やたら嬉しく感じるのは何故だろうか。


「食器片付けたら布団しくから少し待ってろって」
「はいはい」


 そういいながらも、温かさと満腹感と安心感と、色々なものに包まれて赤木はゆっくりとあくびをして目を閉じた。


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